4-49-3-1「それはそうだ」と、モンテ・クリスト伯(はく)は言(い)った。4-49-3-2「お前(まえ)にもわかっていようが、わたしの方(ほう)ではどんなことがあろうと、別(わか)れようなどとは思(おも)っていない。4-49-3-3樹(き)が、花(はな)から離(はな)れることはあり得(え)ないからな。4-49-3-4花のほうで、樹から離れていくのだから」。4-49-3-5「わたくし、どんなことがありましても、おそばを離れようとは思いません」と、エデが言った。4-49-3-6「だって、あなたがおいででなかったら、とても生(い)きてはいけませんから」。 4-49-3-7「かわいいことを言うやつだ。4-49-3-8もう十年(じゅうねん)もしたら、わたしは老人(ろうじん)になってしまう。4-49-3-9そして、お前のほうは、十年してもやっぱりきれいでいられるのだ」。4-49-3-10「父(ちち)は、白(しろ)い長(なが)い髯(ひげ)をもっておりました。4-49-3-11だからといって、わたくし、やっぱり父が好(す)きでした。4-49-3-12父は六十(ろくじゅう)になっておりました。4-49-3-13でも、わたくしには、いままでに見(み)たどんな若(わか)い男(おとこ)より、ずっと立派(りっぱ)に思われました」。 4-49-3-14「それはともかく、お前はこの土地(とち)になじめそうかね?」。4-49-3-15「いつもあなたにお会いすることができましょうか?」。4-49-3-16「毎日(まいにち)会えるさ」。4-49-3-17「では、なんでそんなことをお尋(たず)ねになります?」。4-49-3-18「退屈(たいくつ)しないかと心配(しんぱい)なのさ」。4-49-3-19「そんなことはございませんわ。4-49-3-20朝(あさ)になると、あなたが来(き)てくださるに違(ちが)いないと思います。4-49-3-21夕方(ゆうがた)になるとあなたが来(き)てくださった時(とき)のことを思い出します。4-49-3-22それに、一人(ひとり)ぼっちでいるときも、いろいろ思い出がありますし、遠(とお)くヒンドスやオリンポスの山(やま)の見(み)える広々(ひろびろ)とした眺(なが)め、あの大(おお)きな眺(なが)めのことなどを思(おも)い出(だ)しますの。4-49-3-23それに、わたくしの胸(むね)のなかには、決して退屈(たいくつ)したりすることのない三(みっ)つの気持(きもち)があります。4-49-3-24悲(かな)しい気持、したわしい気持、それにありがたいと思う気持ち」。 4-49-3-25「エデ、お前はほんとに、エピール(著者註:古代ギリシャの一地方:=トルコ帝国からの独立運動が興っていたもののこの物語の当時はギリシャという国はなかった)の娘(むすめ)らしい、美(うつ)しい、物(もの)のあわれのわかる女(おんな)だ。4-49-3-26お前はあの国(くに)に生まれた女神(めがみ)たちの血(ち)を引(ひ)いている。4-49-3-27安心(あんしん)するがいい。4-49-3-28わたしは、お前の若さが失われたりしないようにしてあげるつもりだ。4-49-3-29おまえが、わたしをお父さんのように思(おも)って愛(あい)していていうれるのだったら、わたしもお前を、わか子(こ)のように愛してあげよう」。 4-49-3-30「ちがいます。4-49-3-31わたくし、あなたをお愛ししたようには、父を愛していませんでした。4-49-3-32あなたに対(たい)しての愛は、それと違(ちが)った愛なのです。4-49-3-33父が亡(な)くなりましたとき、わたくし、死のうとはしませんでした。4-49-3-34でも、あなたの場合(ばあい)、もしあなたがお亡(な)くなりになったら、わたくし生(い)きていませんもの」。4-49-3-35伯爵は、深(ふか)い情愛(じょうあい)のこもった微笑(びしょう)を見(み)せて、エデのほうへ手(て)をさし伸(の)べた。4-49-3-36エデは、いつものとおり、それに唇を当てた。 4-49-3-37やがて伯爵は、これからモレルとその家族(かぞく)の人(ひと)たちに会いに行こうとして、次(つぎ)のようなピンダロス(著者註:古代ギリシャの有名な抒情(じょじょう)詩人)の詩句(しく)を口(くち)ずさみながら出ていった。4-49-3-38《青春は花にして、恋こそはその果実なれ・・・・その実ゆるやかに熟するを待ちて、これを摘まんものこそさいわいなれ》。 4-49-3-39言いつけておいたとおり、馬車の準備ができていた。4-49-3-40そして、伯爵が乗(の)りこむと、車(くるま)は、いつものようにギャロップの調子(ちょうし)で走(はし)りはじめた。 |
次へ |
ページ制作者:(ささくら宗)聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2016/5/8、2017/9/17