４９（２）エデと伯爵の機微(きび)

4-49-2-1「なぜ、わざわざきてもいいかなぞとお聞（き）かせになりました？4-49-2-2もう、わたくしの御主人（ごしゅじん）さまではなくなったとでもおっしゃいますか？4-49-2-3わたくし、もうあなたさまの奴隷（どれい）ではなくなったのでございますか？」。4-49-2-4今度（こんど）は、モンテ・クリスト伯（はく）のほうで微笑（びしょう）して見せた。4-49-2-5「エデ、あなたは・・・・」。4-49-2-6「なぜ、いつものように『お前』とおっしゃってはくださいません？」と、彼女（かのじょ）は言葉（ことば）をさえぎった。4-49-2-7「わたくし、なにか間違（まちが）ったことをいたしましたかしら？4-49-2-8それならそれで、おしかりになってくださいまし。4-49-2-9どうか、『あなた』などとおっしゃらずに」。 4-49-2-10「エデ、」と、伯爵（はくしゃく）は言った。4-49-2-11「お前（まえ）は、わたしたちの今（いま）いる所（ところ）がフランスだということを知（し）っているだろうな？4-49-2-12だから、お前はもう自由（じゆう）な体（からだ）になったのだ」。4-49-2-13「なにが自由になったのでございます？」と、エデがきき返（かえ）した。4-49-2-14「自由にわたしの手（て）から離（はな）れていけるというわけなのだ」。 4-49-2-15「あなたさまとお別（わか）れする！・・・・どうしてあなたさまからお別れしなければなりません？」。4-49-2-16「それはわからない。4-49-2-17なにしろ、これからは色々（いろいろ）な人（ひと）に会（あ）うことにもなるだろうし」。4-49-2-18「わたくし、誰（だれ）にも会いたくございません」。 4-49-2-19「で、お前が会ったりっぱな若（わか）い人たちのなかに、誰（だれ）かお前の気（き）に入（い）った人でも見（み）つかったら、そのときはわたしも・・・・」。4-49-2-20「わたくし、いままでに、あなたほど立派（りっぱ）なお方（かた）を見たことがございませんでした。4-49-2-21わたくし、いままでに好（す）きだと思（おも）ったのは、父（ちち）とあなたさまのほかにありませんでした」。4-49-2-22「それは、」と、モンテ・クリスト伯が言った。4-49-2-23「お前が、いままでに、お父さまとわたしより他（ほか）の誰とも話したことがなかったからだ」。4-49-2-24「そうでした！4-49-2-25そのほかの人たちと、なんの話すことがありましたろう？4-49-2-26父は、わたくしのことを『いとしいエデや』と呼（よ）んでいてくれました。4-49-2-27そして、あなたは『かわいいエデや』とお呼びになってくださいます。4-49-2-28そして、お二人（おふたり）とも、わたくしのことを『子供（こども）』と言（い）ってくださいます」。 4-49-2-29「エデ、お前はお父（とう）さまのことを覚（おぼ）えておいでか？」。4-49-2-30エデは微笑した。4-49-2-31「父はここにおります」、彼女（かのじょ）は、目（め）の上（うえ）のあたりと、胸（むね）の上とに手を当（あ）てて言った。4-49-2-32「それでは、わたしはどこにいるのだね？」と、モンテ・クリスト伯はほほえみながら尋（たず）ねた。4-49-2-33「あなたは、」と、エデが言った。4-49-2-34「あなたはどこにでもおいでです」。4-49-2-35モンテ・クリスト伯は、接吻（せっぷん：キス）しようとしてエデの手を執（と）った。4-49-2-36だが無邪気（むじゃき）なエデは、手（て）を引（ひ）っこめ、そのかわり額（ひたい）をさし出（だ）して接吻を受けた。 4-49-2-37「さあエデや、」と、伯爵は言った。4-49-2-38「お前は自由になったのだ。4-49-2-39お前は自分自身（じぶんじしん）の主人であり、お前（まえ）自身（じしん）女王（じょおう）さまなのだ。4-49-2-40こんな着物（きもの）も、着（き）ていたければ着ているがよし、脱（ぬ）ぎたくなったら脱ぐがいい。4-49-2-41ここにいたかったらここにいるし、ここから出たくなったら出るがいい。4-49-2-42お前のため、いつでも馬車（ばしゃ）を一台（いちだい）用意（ようい）させておくことにする。4-49-2-43アリとミルトの二人には、どこへでも供（とも）をするよう、なんでも言うことをきくように言ってある。4-49-2-44ただ、ここに一（ひと）つ頼（たの）みがあるのだが」。 4-49-2-45「どういうことでございましょう？」。4-49-2-46「お前の生（う）まれを秘密（ひみつ）にしておいてもらいたいのだ。4-49-2-47これまでのことを、誰にも言わずにおいてもらいたいのだ。4-49-2-48どんなことがあっても、あのりっぱなお父（とう）さまのお名前（なまえ）や、お母（かあ）さまのお名前を口外（こうがい）しないでほしいのだ」。4-49-2-49「わたくし、申しあげたではございませんか、わたくし誰にも会いませんと」。4-49-2-50「まあエデ、お聞き。4-49-2-51そういうふうに東洋流（とうようりゅう：トルコのハーレムの女）に引（ひ）っこんで暮（く）らすことは、とうていこのパリではできそうにないのだ。4-49-2-52だから、ローマや、フィレンツェや、ミラノや、マドリッドでしたように、この北（きた）の国（くに）へきたら、ここでの生活（せいかつ）に馴（な）れなければ。4-49-2-53それが、いずれはお前の役（やく）にたつのだ。4-49-2-54このままここで暮らすにしても、あるいは東洋へ帰るにしても」。 4-49-2-55エデは、涙（なみだ）をたたえた眼（め）をあげて伯爵を見た。4-49-2-56そして、「『わたしたちが東洋へ帰るにしても』と、おっしゃるおつもりでございましょうね？」と言った。

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ページ制作者：　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2016/5/8、2017/9/17