４９（１）エデのプロフィール

4-49-1-1モンテ・クリスト伯（はく）にとって、メレー町（ちょう：ｒｕｅ　Ｍｅｓｌａｙ：フランス語）に住（す）んでいる、新（あたら）しい、というより昔（むかし）からの知（し）り人（びと）が誰（だれ）であるかは、すでに御承知（ごしょうち）のことと思（おも）う。4-49-1-2それは、マクシミリヤン、ジュリー、エマニュエルの三人（さんにん）だった。 4-49-1-3これから出（で）かけていこうという楽（たの）しい訪問（ほうもん）、これから過（す）ごそうという幸福（こうふく）な幾時間（いくじかん）のことを考（かんが）えると、ついいましがたまでの地獄（じごく）にくらべて、まるで天国（てんごく）の光（ひかり）が射（さ）しこんででもきたようで、ビルフォールの姿（すがた）が見（み）えなくなるやいなや、伯爵（はくしゃく）の面上（めんじょう）にはこのうえもない美（うつ）しい平和（へいわ）な影（かげ）がただよいはじめた。4-49-1-4そして、ベルの音（おと）を聞（き）いて駈（か）けつけてきたアリは、珍（めずら）しく喜色（きしょく）に溢（あふ）れた主人（しゅじん）の顔（かお）を見ながら、主人のまわりを飛（と）びかけっている楽（たの）しい考（かんが）えを乱（みだ）すまいとするらしく、息（いき）を殺（ころ）し、爪先（つまさき）立（た）てて引（ひ）きさがっていった。 4-49-1-5正午（しょうご：＝１２時）だった。4-49-1-6伯爵は、エデのところへゆくまえに、一時間（いちじかん）だけ時間をとっておいた。4-49-1-7それはさも、あれほど長（なが）く苦（くる）しんだ心（こころ）には、喜（よろこ）びがすぐには戻（もど）ってきてくれないとでもいったようであり、また他（た）の人（ひと）たちの場合（ばあい）、激（はげ）しい感動（かんどう）にたいしてはその準備（じゅんび）がいるのとおなじく、彼（かれ）の心にもそうした快（こころよ）い感激（かんげき）を味（あじ）わうための準備期間（きかん）が必要（ひつよう）とでもいうようだった。 4-49-1-8若（わか）いギリシャの女（おんな）は、前（まえ）にも言（い）ったとおり、伯爵の住居（じゅうきょ）とぜんぜん離（はな）れた住居で暮（く）らしていた。4-49-1-9その住居は、全部（ぜんぶ）東洋（とうよう：トルコ：当時はギリシャは存在せず、トルコ帝国の一地域だった）ふうに飾（かざ）りつけられていた。4-49-1-10すなわち、床（ゆか）は厚（あつ）いトルコ絨毯（じゅうたん）で敷（し）きつめられ、壁（かべ）には金襴（きんらん）が懸（か）けられ、一（ひと）つ一つの室（しつ）のなかでは、長（なが）い蒲団（ふとん）椅子（いす）が室のぐるりをとり巻（ま）き、そして、すきなところへ持（も）ってゆけるクッションが、いくつもいくつも置（お）かれていた。 4-49-1-11エデには、フランス人（じん）の侍女（じじょ）が三人（さんにん）と、ギリシャ人（じん）の侍女が一人（ひとり）あてがわれていた。4-49-1-12フランス人の三人の侍女は、第一（だいいち）の室にいて、小（ちい）さな黄金（おうごん）のベルの音が聞（き）こえたらすぐにかけつけ、ギリシャ人の侍女から命令（めいれい）を聞くことになっていた。4-49-1-13ギリシャ人の侍女は、三人の侍女に、主人（しゅじん）からの命令を伝（つた）えるためだけのフランス語（ご）を知（し）っていた。4-49-1-14そして、モンテ・クリスト伯は、三人の侍女に、女王（じょおう）にたいするような尊敬（そんけい）をもってエデに接（せっ）するようにと申（もう）し渡（わた）しておいた。 4-49-1-15エデは、住居（じゅうきょ）のなかでも、いちばん奥（おく）まった室にいた。4-49-1-16それは、円形（えんけい）をした化粧室（けしょうしつ）とでもいったようなもので、光（ひかり）は天井（てんじょう）からだけ採（と）られ、日（ひ）は、薔薇色（ばらいろ）をしたガラス窓（まど）を通（とお）してだけ射（さ）しこんでいた。4-49-1-17女（おんな）は、銀（ぎん）の縫（ぬ）いをした青（あお）い繻子（しゅす）のクッションの上（うえ）に横（よこ）たわって、蒲団椅子の上に半（なか）ば身（み）をそらし、ものうげにまげた片方（かたほう）の手（て）で頭（あたま）をささえ、左手（ひだりて）では、唇（くちびる）に珊瑚（さんご）の管（くだ）を押（お）し当（あ）てていた。4-49-1-18管のなかには、水煙管（みず・きせる：本のルビはナルギレ：煙が水のなかを通ってくる仕掛になっている煙管）のしなやかな管（くだ）が『入れこ』になっていて、彼女が軽（かる）く吸（す）い込（こ）むと、煙（けむり）は安息香（あんそくこう）の水（みず）で『におい』をつけられ、吸（す）う人（ひと）の口（くち）までとどく仕掛（しかけ）になっていた。 4-49-1-19東洋（ギリシャを含むトルコ帝国）の女（おんな）としてはいかにも自然（しぜん）な姿勢（しせい）だったが、フランスの女としては、いささかわざとらしい『はすっぱ』な姿（すがた）とも見（み）えたにちがいない。4-49-1-20着（き）ているものは、エピリウス（著者註：古代ギリシャの一地方の名）女（おんな）の服装（ふくそう）だった。4-49-1-21薔薇（ばら）の花（はな）を刺繍（ししゅう）した白繻子（しろしゅす）の袴（はかま）、その下（した）からはかわいらしい足（あし）が出（で）ていて、それが、金（きん）と真珠（しんじゅ）を刺繍した、爪先（つまさき）の反（そ）り返（かえ）った小（ちい）さなサンダルを突（つ）っかけ、それをおもしろそうに動（うご）かしてさえいなかったら、まるでパロス大理石（だいりせき）でできた足（あし）とでも思われたにちがいない。4-49-1-22上衣（じょうい）は、長（なが）い青（あお）と白（しろ）との縞模様（しまもよう）、腕（うで）のところを割（わ）った広（ひろ）い袖（そで）、ボタン穴（あな）は銀（ぎん）で、ボタンは真珠（しんじゅ）。4-49-1-23胸衣（むねい）といったようなものは、すっかり打（う）ち開（ひ）いた裁（た）ち方（かた）になっていて、咽喉（のど）や胸（むね）の上（うえ）のあたりがすっかり見（み）え、乳房（にゅうぼう）の下（した）のところで三（みっ）つのダイヤモンドのボタンでとめられていた。4-49-1-24胸衣の下部（かぶ）と袴（はかま）の上部（じょうぶ）は、いきなパリ女（おんな）も羨（うらや）むほどな、長（なが）いしなやかな房（ふさ）をつけたはでな色（いろ）の帯（おび）のなかにおさめられていた。 4-49-1-25頭（あたま）には、真珠を鏤（ちりば）めた金（きん）の小さな球帽子（たまぼうし）を、ちょっと横（よこ）にかしげてかぶっていた。4-49-1-26その、かしいだほうの下のところには、きれいなほんものの紅薔薇（べにばら）が一輪（いちりん）、青光（あおびか）りするほど漆黒（しっこく）な髪（かみ）の毛（け）のなかに、とりわけ鮮（あざ）やかに目立（めだ）っていた。4-49-1-27美（うつく）しい顔立（かおだ）ちにかけては、潤（うるお）いのある、黒（くろ）い、大（おお）きな眼（め）といい、すっきりした鼻（はな）といい、珊瑚（さんご）の唇（くちびる）、真珠の歯（は）、まさにギリシャ婦人（ふじん）として一点（いってん）欠（か）けるところのない美（うつく）しさだった。4-49-1-28しかも、こうした美しい姿には、青春（せいしゅん）の若々（わかわか）しさが、あらゆる輝（かがや）きとあらゆる香気（こうき）をもってみなぎり溢（あふ）れていた。4-49-1-29年（とし）のころ、十九（じゅうく）か二十（はたち）といったところだった。 4-49-1-30モンテ・クリスト伯は、ギリシャ人の侍女（じじょ）を呼（よ）んで、エデのところを訪（たず）ねていいかどうかをたずねさせた。4-49-1-31エデは、それにたいする返事（へんじ）の意味（いみ）で、侍女に命（めい）じて、戸口（とぐち）に垂（た）れていた帷（とばり）をかかげさせた。4-49-1-32戸口の四角（しかく）な框（かまち）は額縁（がくぶち）のようになっていて、『しとね』の上に横たわった若い女の姿は、まるで美しい一幅（いっぷく）の画（え）のようだった。 モンテ・クリスト伯ははいっていった。4-49-1-33エデは、水煙管（みずぎせる）を持（も）ったほうの腕（うで）をついて身（み）を起（お）こした。4-49-1-34そして、伯爵のほうへ手（て）をさし出（だ）しながら微笑（びしょう）して迎（むか）えた。4-49-1-35「どうなさいました？」と、女は、スパルタやアテネの娘（むすめ）特有（とくゆう）の、響（ひび）きのいい言葉（ことば）で言った。

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ページ制作者：　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2016/5/8、2017/9/17