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| 3-47-7-1「あなた、」と、ビルフォール夫人（ふじん）は、暇乞（いとまご）いをしようとして立（た）ち上（あ）がりながら言（い）った。3-47-7-2「ずっとここにお住（す）まいでいらっしゃいますか？」。3-47-7-3「いや、」と、伯爵（はくしゃく）は答（こた）えた。3-47-7-4「ここはわたしの買（か）い求（もと）めた仮寓（かぐう）といったようなところで、住居（じゅうきょ）はシャン・ゼリゼー街（がい）の三十番地（さんじゅうばんち）にございます。3-47-7-5ところで、どうやら御気分（ごきぶん）もお直（なお）りになり、お帰（かえ）りになりたいようなごようすです。3-47-7-6いま、わたくしの車（くるま）に、あの馬（うま）を附（つ）けるように申（もう）しつけておきました。3-47-7-7アリと申す醜（みにく）い男（おとこ）に、」と、伯爵は子供（こども）のほうへ微笑（びしょう）を送（おく）りながら、「お宅（たく）までお送（おく）りさせましょう。3-47-7-8馭者（ぎょしゃ）の方（かた）は、馬車（ばしゃ）を修繕（しゅうぜん）するために残（のこ）っていてもらいましょう。3-47-7-9修繕ができましたら、それにわたくしの馬をつけて、直接（ちょくせつ）ダングラール夫人のところへお返（かえ）し申させておきましょう」。 3-47-7-10「でも、」とビルフォール夫人は言った。3-47-7-11「わたくし、同じ馬で帰る気になれないのですけれど」。3-47-7-12「なあに奥（おく）さま、ごらんください」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-47-7-13「アリの手（て）にかかれば、羊（ひつじ）のようにおとなしくなりますから」。3-47-7-14アリは、みんなしてやっと立（た）ち上（あ）がらせたばかりの馬のそばへ近（ちか）づいていった。3-47-7-15彼（かれ）は、香酢（こうず）にしめした小（ちい）さい海綿（かいめん：海綿動物の、細かい穴のあいた綿状の骨格。弾力があり、水分をよく吸収する：スポンジ）を手にして、汗（あせ）と泡（あわ）にまみれた鼻面（はなづら）やこめかみをこすってやった。3-47-7-16すると、馬はたちまち鼻息（はないき）荒（あら）く、しばらく全身（ぜんしん）をふるわせていた。 3-47-7-17車のこわれたのを見（み）、椿事（ちんじ：思いがけない事件）の噂（うわさ）をきいて、家（いえ）の前（まえ）に集（あつ）っていた群衆（ぐんしゅう）の前で、アリは、伯爵の箱馬車（はこばしゃ）に馬を附けさせ、手綱（たづな）を取（と）って馭者台（ぎょしゃだい）にあがった。3-47-7-18そして、さっき、まるで竜巻（たつまき）に捲（ま）きこまれたように狂奔（きょうほん）していた馬を見た人々は、いまやアリがはげしく鞭（むち）を使わないかぎり、馬が歩（ある）き出（だ）しそうにもないのを見せられて、さらに驚（おどろ）きを新（あら）たにした。3-47-7-19しかも彼は、名（な）だたる連銭葦毛（れんぜんしげ）をして、おずおずと、まるで化石（かせき）になり、死（し）んでしまったとでもいったように、おぼつかなげな、疲（つか）れたような疾足（しっそく：早足）だけをふませていたので、ビルフォール夫人の住居であるフォーブル・サン・トノレに帰りつくまで、およそ二時間近くもかかったのだった。 3-47-7-20家に帰って、みんなをホッとさせた夫人は、次のような手紙（てがみ）をダングラール夫人へ書（か）いた。 3-47-7-21エルミーヌさま 3-47-7-22わたしは、いましがた、昨夜（さくや）あなたとあんなにお噂（うわさ）をした、そして、今日（きょう）お目にかかろうとは思いもかけなかったモンテ・クリスト伯爵に、子供といっしょに奇蹟的（きせきてき）に助（たす）けていただきました。3-47-7-23昨日（きのう）あなたは夢中（むちゅう）になってあの方（かた）のことをお話（はな）しでした。3-47-7-24そしてわたしは、あさはかにも、それを馬鹿（ばか）にせずにはいられませんでした。3-47-7-25ところが、今日（きょう）という今日、わたしには、あなたの御感激（ごかんげき）も、あの方のほんとのお値打（ねうち）には及（およ）びもつかないものであることがわかりました。 3-47-7-26あなたのお馬は、まるで気がちがったようにラヌラで走り出し、エドワールとわたしは、道端（みちばた）の木（き）か、村（むら）の里程標（りていひょう）に打（うち）つけられて、粉々（こなごな）になって死（し）んでしまうかと思（おも）いました。3-47-7-27ところへ、伯爵の御召使（おめしつかい）の一人（ひとり）であるアラビヤ人（じん）か、ヌビア人か、ともかく一人（ひとり）の黒奴（こくど）が、たしかに伯爵の指図（さしず）があってのことと思いますが、命（いのち）を賭（か）けて馬（うま）をとめてくれました。3-47-7-28その男（おとこ）が轢（ひ）かれなかったのは、まさに奇蹟（きせき）と申していいでしょう。 3-47-7-29そこへ伯爵が駈（か）けつけて見え、エドワールとわたしを家の中（なか）へ運（はこ）び入（い）れ、子供を正気（しょうき）づかせてくださいました。3-47-7-30そしてわたしは、あの方のお馬車で邸（やしき）まで送（おく）っていただきました。3-47-7-31あなたのお馬車は、明日（あす）、あなたのほうへお届（とど）けくださるとのことでした。3-47-7-32こうした椿事（ちんじ）以来（いらい）、馬がとても弱（よわ）っていることはおわかりでしょう。3-47-7-33まるで、うつけのようになっております。3-47-7-34人間（にんげん）に抑（おさ）えられたということを、われながらふがいなく思っているとでもいうようですの。 3-47-7-35伯爵からは、二日間（ふつかかん）寝藁（ねわら）の上にやすませてやり、食物（しょくもつ）としては大麦（おおむぎ）だけをあてがっておけば、また前のように元気（げんき）に、つまり昨日のように怖（おそ）ろしくなると、こうお伝（つた）えしてほしいとのことでした。 3-47-7-36もうまっぴらですわ！3-47-7-37散歩（さんぽ）のお礼（れい）なぞ申しあげられないくらいですの。3-47-7-38でも、考（かんが）えてみますと、あなたのお馬の気（き）まぐれを、お怨（うら）みしたりしては恩知（おんし）らずだと言えましょう。3-47-7-39その気まぐれがあったればこそ、モンテ・クリスト伯爵にお目にかかれたというわけですから。3-47-7-40あのお立派（りっぱ）な伯爵は、数百万（すうひゃくまん）の財産（ざいさん）は別（べつ）としても、とにかくいかにも珍（めずら）しい、いかにもおもしろいお方だと思いますの。 3-47-7-41わたし、この問題（もんだい）を、なんとしても研究（けんきゅう）してみたいと思っています。3-47-7-42たといそのために、あなたのお馬で、も一度（もいちど）ボワ（ブローニュの森：Bois de Boulogne）へ散歩に行かなくてはならないにしても。 3-47-7-43エドワールは、すばらしい勇気（ゆうき）で、この災難（さいなん）を切（き）り抜（ぬ）けました。3-47-7-44気絶（きぜつ）はしましたが、気絶する前に声（こえ）ひとつ立（た）てず、その後（あと）では、涙（なみだ）ひとすじ流（なが）しませんでした。3-47-7-45母（はは）としての愛情（（あいじょう）ゆえに、わたしが盲（めくら）になったとでもお考えになるかしら？3-47-7-46だって、あんなにかよわい小（ちい）さな体（からだ）に、鉄（てつ）のように堅（かた）い心（こころ）があるなんて。 3-47-7-47バランティーヌから、ユージェニーさまへくれぐれもよろしく。 3-47-7-48エロイーズ・ド・ビルフォール 3-47-7-49ニ伸（にしん：＝追伸） なんとかして、お宅（たく）で、あのモンテ・クリスト伯爵にお目にかかれるようにしていただきたいと思いますわ。3-47-7-50わたし、ぜひも一度（もいちど）お目にかかりたいと思っていますの。3-47-7-51ビルフォールに、あの方をお訪（たず）ねしてもらうことにしました。3-47-7-52行（い）ってくれるだろうと思います。 |
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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/9/10