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| 3-47-6-1「わたくし、エロイーズ・ド・ビルフォール夫人でございます」。3-47-6-2伯爵（はくしゃく）は、その名（な）をはじめて聞（き）くとでもいうように挨拶（あいさつ）した。3-47-6-3「まあ！ビルフォールがどんなにありがたがることでございましょう！」と夫人は言った。3-47-6-4「あなたは、わたくしたち二人（ふたり）の命（いのち）をお助けくださいました。3-47-6-5妻（つま）と子供（こども）をお助（たす）けくだすったんでございますもの。3-47-6-6もし、あの御親切（ごしんせつ）なお召使（めしつかい）の方（かた）がおいででなかったら、かわいいこの児（こ）もわたくしも、死（し）んでしまうところでございました」。 3-47-6-7「ほんとに奥（おく）さま、さっきの危（あぶ）なかったことを思（おも）いだしますと、いまでもぞっといたしますな」。 3-47-6-8「ほんとうに！3-47-6-9わたくし、あの方（かた）が命（いのち）がけでしてくだすったことに、じゅうぶんお礼（れい）をさせていただきたいと思（おも）います。3-47-6-10おゆるしいただけますかしら」。 3-47-6-11「奥さま、」と、モンテ・クリスト伯は答えた。3-47-6-12「お賞（ほ）め言葉（ことば）や御褒美（ごほうび）なりで、アリをあまやかさないようにお願（ねが）いいたしましょう。3-47-6-13そうした習慣（しゅうかん）をつけさせたくないと存（ぞん）じますから。3-47-6-14あれは、わたくしの奴隷（どれい）でございます。3-47-6-15お二人をお助（たす）け申（もう）しあげたといいますのも、わたくしにたいするあれの務（つと）めでございます。3-47-6-16そして、わたくしに仕（つか）えるということが、あれの義務（ぎむ）なのでございます」。 3-47-6-17「でも、あの方（かた）は、命（いのち）を賭（か）けてやってくだすったんでございますもの」と、夫人（ふじん）は、主人（しゅじんの）の言葉が妙（みょう）に権高（ごんだか）に響（ひび）いたのを感（かん）じながら言（い）った。3-47-6-18「奥さま、わたくしはあれの命を助けてやりました」と、モンテ・クリスト伯は答えた。3-47-6-19「したがって、あれの命は、わたくしのものなのでございます」。3-47-6-20ビルフォール夫人は口（くち）をつぐんだ。3-47-6-21それは初対面（しょたいめん）の人々（ひとびと）にたいして、あれほど深（ふか）い印象（いんしょう）を刻（きざ）みこむというこの人（ひと）のことを考（かんが）えたからのことかもしれなかった。 3-47-6-22こうした沈黙（ちんもく）のあいだに、伯爵は、絶（た）え間（ま）なく母親（ははおや）に接吻（せっぷん＝キス）されている子供をじゅうぶん観察（かんさつ）することができた。3-47-6-23子供は、小柄（こがら）で、痩（や）せすぎで、赭毛（あかげ：赤毛）の子供によくあるように色白（いろじろ）ではあったが、『こて』を受（う）け付（う）けない『ばさばさ』の黒（くろ）い髪（かみ）がおでこになった額（ひたい）の上（うえ）にかぶさり、それが顔（かお）の両側（りょうがわ）から肩（かた）のあたりまで垂（た）れ下がり、ただでさえずるそうな陰険（いんけん）さと、子供らしい意地悪（いじわる）さに溢（あふ）れたその目（め）を、とりわけ目立（めだ）てさせていた。3-47-6-24どうやら紅味（あかみ）がもどりかけてきた唇（くちびる）は薄（うす）く、口（くち）は大（おお）きかった。3-47-6-25八（やっ）つというのに、顔立（かおだ）ちは、少（すく）なくも十二（じゅうに）くらいに見（み）えていた。 3-47-6-26われに返（かえ）った少年（しょうねん）は、いきなり母親の腕（うで）からぬけ出（だ）し、さっき伯爵が薬（くすり）を取（と）り出（だ）した小函（こばこ：小箱）を開（あ）けに行（い）った。3-47-6-27そして、いつも気（き）ままにふるまっている習慣（しゅうかん）から、誰（だれ）のゆるしをも得（え）ないで、たちまちたくさんの瓶（びん）の口（くち）を抜（ぬ）きはじめた。3-47-6-28「それにさわってはいけません」と、あわてて伯爵が言った。3-47-6-29「そのリキュール（液体のこと：仏語：ｌｉｑｕｅｕｒ）のなかには、飲（の）むばかりでなく、匂（におい）を嗅（か）いだだけでも危険（きけん）なのがありますから」。 3-47-6-30ビルフォール夫人は、『さっ』と顔色（かおいろ）を変（か）えて、わが子（こ）の手（て）を抑（おさ）えながら、自分（じぶん）のほうへ引（ひ）きよせた。3-47-6-31だが、その恐怖（きょうふ）がしずまるが早（はや）いか、小函のほうへ『ちら』と意味深（いみぶか）い視線（しせん）を投（な）げた。3-47-6-32それを伯爵は見のがさなかった。 3-47-6-33ちょうどそのとき、アリがはいって来（き）た。3-47-6-34ビルフォール夫人は、喜（よろこ）びの色（いろ）を浮（う）かべ、子供を一層（いっそう）抱（だ）きしめながら、「エドワールや、」と、言った。3-47-6-35「このやさしいお召使の方（かた）がね、とても勇（いさ）ましい働（はたら）きをしてくだすったの。3-47-6-36御自分（ごじぶん）の命を投（な）げ出して、わたくしたちを乗（の）せていたきちがい馬（うま）をつかまえ、砕（くだ）けそうだった馬車（ばしゃ）をとめてくだすったのよ。3-47-6-37さ、お礼（れい）をおっしゃい。3-47-6-38この方（かた）がおいででなかったら、わたくしたち死（し）んでしまうところだったのよ」。3-47-6-39子供は、唇を尖（とが）らせ、さげすむようにうしろを向（む）いた。3-47-6-40そして、「ずいぶんみっともない顔（かお）をしていらあ」と、言った。 3-47-6-41伯爵は、あたかもこの子供が、自分（じぶん）の考（かんが）えていたとおりだったというように微笑（びしょう）した。3-47-6-42ビルフォール夫人は、子供を叱（しか）りはした。3-47-6-43だが、その生（なま）ぬるい態度（たいど）から察（さっ）して、もしこのエドワールが、エミールだったとしたら、おそらくジャン・ジャーク・ルソーは喜（よろこ）ばなかったにちがいないと思われた。（著者註：エミール。ルソーの教育小説『エミール』の主人公）。 3-47-6-44「おい、」と、伯爵は、アリにアラビヤ語（ご）で言った。3-47-6-45「この御夫人（ごふじん）は、二人（ふたり）が助（たす）けてもらった礼（れい）を言（い）うようにとお子（こ）さんにおっしゃったんだ。3-47-6-46ところが、お子さんは、お前（まえ）があまり醜（みにく）すぎるという返事（へんじ）をしたのだよ」。3-47-6-47アリは、その聡明（そうめい）な顔をちょっと子供のほうへ振（ふ）り向（む）け、あからさまな表情（ひょうじょう）こそしめさなかったが、じっと子供の顔を見つめた。3-47-6-48だが、鼻孔（びこう）が少（すこ）しふるえていたことから、モンテ・クリスト伯には、彼（かれ）が気持（きもち）を悪（わる）くしたことが見（み）て取（と）れた。 |
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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/9/9