４７（５）ビルフォール ４７（５）ビルフォール
| オートイユでのアリの活躍 3-47-5-1突然（とつぜん）、アリは、長煙管（ながきせる）を下（した）に置（お）き、ポケットから投（な）げ縄（なわ）を取（と）り出（だ）し、はっしとばかりにそれを投（な）げた。3-47-5-2縄（なわ）は、左（ひだり）の馬（うま）の前脚（まえあし）を三廻（みまわ）り巻（ま）いた。3-47-5-3走（はし）りつづけるいきおいで、馬は、三四歩（さんよんぽ）ばかり引（ひ）きずられた。3-47-5-4だが、そこまでゆくと、連結材（れんけつざい）を『へし』折（お）って、その上（うえ）に倒（たお）れた。3-47-5-5そして、倒れないほうの馬が、なおも走（はし）りつづけようとするのを抑（おさ）えてしまった。3-47-5-6馭者（ぎょしゃ）は、馬の弱（よわ）った瞬間（しゅんかん）を巧（たく）みに捉（とら）えて、たちまち馭者台（だい）から飛（と）び降（お）りた。 3-47-5-7だが、アリはそのとき、すでに頑丈（がんじょう）な手（て）で、第二（だいに）の馬の鼻面（はなづら）を抑（おさ）えてしまっていた。3-47-5-8馬は、くるしそうにいななきながら、前（まえ）の一頭（いっとう）の馬のそばに、体（からだ）をふるわせながら横（よこ）たわった。3-47-5-9これらは、弾丸（だんがん）が的（まと）までとどくくらいの、きわめて短（みじ）い時間（じかん）に行（おこな）われた。 このシーンは、「クオ・バディス」の作者シエンキエビッチに、「リギアを猛牛の角から救うウルスス」のヒントを与えたことを思わせる。 モンテ・クリスト伯の活躍 3-47-5-10たちまち、その前でこの椿事（ちんじ）のおこった家（いえ）のなかからは、一人（ひとり）の男（おとこ）が、数人（すうにん）の召使（めしつかい）をつれて飛（と）び出（だ）して来（き）た。3-47-5-11男は、馭者（ぎょしゃ）によって車（くるま）の扉（とびら）が開（あ）けられたのと同時（どうじ）に、すぐさま車のなかへ入って、一人（ひとり）の婦人（ふじん）を抱（だ）いて出た。3-47-5-12婦人の片手（かたて）は、堅（かた）くクッションをつかんでいた。3-47-5-13そして片手（かたて）では、気（き）を失（うしな）ったわが児（こ）の体を抱（だ）きしめていた。3-47-5-14モンテ・クリスト伯は、二人（ふたり）を客間（きゃくま）へ運（はこ）んで行（い）った。3-47-5-15そして、長椅子（ながいす：ソファー）の上（うえ）に寝（ね）かせてやった。 3-47-5-16「奥（おく）さま、もう御心配（ごしんぱい）は要（い）りません」と、彼（かれ）は言った。3-47-5-17「だいじょうぶです」。3-47-5-18われに返（かえ）った女（おんな）は、それに答（こた）えるかわりに、わが児（こ）のほうを指（さ）した。3-47-5-19その眼差（まなざ）しは、あらゆる祈（いの）りの言葉（ことば）よりも雄弁（ゆうべん）だった。3-47-5-20見（み）れば、子供（こども）は、まだ気（き）をうしなったままだった。3-47-5-21「わかっております」と、伯爵（はくしゃく）は、子供のようすをしらべてから言った。3-47-5-22「御安心（ごあんしん）ください。3-47-5-23なんのお怪我（けが）もありません。3-47-5-24びっくりして、気絶（きぜつ）なすっただけなのです」。 婦人の子供の名はエドワール 3-47-5-25「あなた、」と、母（はは）は叫（さけ）んだ。3-47-5-26「安心（あんしん）させるために言っておいでなのではないでしょうか？3-47-5-27あんなに青（あお）い顔（かお）をしております！3-47-5-28坊（ぼう）や！坊や！エドワールや！3-47-5-29お母（かあ）さんに返事（へんじ）をしておくれ？3-47-5-30ああ、あなた！医者（いしゃ）を呼（よ）びにやってくださいまし。3-47-5-31子供をお助（たす）けくださいまし。3-47-5-32財産（ざいさん）なんか、どなたにでもすっかりあげてしまいますから」。 3-47-5-33モンテ・クリスト伯（はく）は、身（み）も世（よ）もあらぬようすの母親に向（む）かって、安心するように手（て）で制（せい）した。3-47-5-34そして、小函（こばこ）を開（あ）けると、そのなかから、金象嵌（きん・ぞうがん）をしたボヘミヤ・ガラスの瓶（びん）を取（と）りだした。3-47-5-35瓶の中には、血（ち）のような色（いろ）をした赤（あか）いリキュールがはいっていた。3-47-5-36伯爵は、それを一滴（いってき）、子供の唇（くちびる）の上に滴（したた）らしてやった。3-47-5-37子供は、まだ顔色（かおいろ）こそ青（あお）かったが、たちまち『ぱっちり』目（め）を開（あ）けた。3-47-5-38母親は、それを見るなり、逆上（ぎゃくじょう）せんばかりに喜（よろこ）んだ。 3-47-5-39「ここはどこなのでございます？」と、母親は叫んだ。3-47-5-40「あんなこわい目を見た後（あと）で、こんな喜びをお与（あた）えくだすったのはどなたでございます？」。3-47-5-41「奥（おく）さま、」と、モンテ・クリスト伯は答えた。3-47-5-42「ここは、奥さまの御心痛（ごしんつう）を取（と）りのぞくことができてこの上なく幸福（こうふく）に思（おも）っている男の住居（じゅうきょ）でございます」。3-47-5-43「わたくしとしたことが、なんという心（こころ）を起（お）こしたのでございましょう！」と、婦人は言った。3-47-5-44「ダングラールの奥さまのおみごとな馬が、あまりパリ中（じゅう）の評判（ひょうばん）になっていましたので、つい乗（の）ってみたいなんてばかな気持（きもち）をおこしまして」。 3-47-5-45「えっ！」、伯爵は、いかにも巧（たく）みに、驚（おどろ）いたふうをよそおいながら叫（さけ）んだ。3-47-5-46「あの馬は、男爵夫人（だんしゃくふじん）の馬だったのでございますか？」。3-47-5-47「はい、あなたは、あの方（かた）を御存（ごぞん）じで？」。3-47-5-48「ダングラールの奥さまですか？3-47-5-49存（ぞん）じあげておりますとも。3-47-5-50あの危険（きけん）な馬からお助（たす）け申（もう）すことができて、ことさら嬉（うれ）しく思っております。3-47-5-51と申しますのは、その危険につきましては、いささかわたくしにも責任（せきにん）があるらしいので。3-47-5-52じつは、昨日（きのう）、男爵（だんしゃく）からあの馬を売（う）っていただいたところ、男爵夫人がいかにも惜（お）しそうなごようすだったので、昨日すぐにお返（かえ）し申させたというわけでした」。3-47-5-53「ではあなたが、昨日、男爵夫人があれほどお噂（うわさ）していらしったモンテ・クリスト伯爵さまでいらっしゃいますか？」。3-47-5-54「さようでございます」と、伯爵が言った。 |
| 次へ |
 |
ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/9/8