４７（３） ４７（３）
| 3-47-3-1「ほんとに、あの馬（うま）をおすすめしたいところでしたな。3-47-3-2それもまったく、『ただ』のような値段（ねだん）で手離（てばな）したんでございます。3-47-3-3でも、それはさっきお話し申しあげましたようなわけで手放（てばな）したかったと申すわけで。3-47-3-4あれは、若い者の乗る馬なんでございますよ」。3-47-3-5「それはなんとも御親切（ごしんせつ）な」と、伯爵は言った。3-47-3-6「じつは今朝（けさ）、かなりな馬を、あまり高く出さずに手に入れました。3-47-3-7そうそう、ごらんください、ドプレーさん、あなたは馬に明るくておいででしょう？」。 3-47-3-8ドプレーが窓際（まどぎわ）に立って行ったあいだに、ダングラールは、妻のそばへ歩みよった。3-47-3-9「じつは、だよ」と、声（こえ）をひそめて言った。3-47-3-10「あの馬にとほうもない金を出すという男が出て来たんだ。3-47-3-11どこの極道者（ごくどうもの）だが知らないが、今朝（けさ）、家（いえ）へその家令（かれい）というのをよこして、本人（ほんにん）が誰であるかわからないが、何しろおかげで一万六千フラン（１６００万円）儲（もう）かったんだ。3-47-3-12そんなにすねないでもらいたいな。3-47-3-13お前に四千フラン、ユージェニーに二千フラン上（あ）げることにするから」。 3-47-3-14ダングラール夫人（ふじん）は、恐（おそ）ろしい目で夫（おっと）をにらんだ。3-47-3-15「や、これはどうしたことだ！」とドプレーが叫んだ。3-47-3-16「なんですの？」と、男爵（だんしゃく）夫人はたずねた。3-47-3-17「わたしの見た眼（め）にちがいはない、あれは奥（おく）さまの馬（うま）ですぜ。3-47-3-18奥さまの馬が、伯爵の馬車についていますぜ」。3-47-3-19「あの連銭葦毛（れんぜんあしげ）が！」と、ダングラール夫人は思わず声を上げた。3-47-3-20そして、夫人は窓（まど）のほうへ飛（と）んで行った。3-47-3-21「まあ、ほんとにあれですわ」と、夫人が言った。3-47-3-22ダングラールは、あっけにとられたようすだった。 3-47-3-23「ほんとうですか？」と、モンテ・クリスト伯は、驚（おどろ）きをよそおいながら言葉（ことば）をはさんだ。3-47-3-24「まさか！」と、ダングラールがつぶやいた。3-47-3-25男爵夫人はちょっとドプレーに耳打（みみう）ちした。3-47-3-26するとドプレーは、モンテ・クリスト伯のそばへ近（ちか）づいて、「男爵夫人からのおたずねですが、馬はいくらでお求（もと）めになりました？」。3-47-3-27「はっきりとは知りませんが、」と伯爵は言った。3-47-3-28「あれは家令（かれい）がわたしに無断（むだん）でやったことなので・・・・たしか三万フランだったと思いますが」。3-47-3-29ドプレーは、伯爵の返事（へんじ）を夫人に伝（つた）えた。3-47-3-30ダングラールの青（あお）ざめた顔（かお）、その当惑（とうわく）したようなようすを見ながら、伯爵は、どうやら気（き）の毒（どく）といったようなようすをして見せた。 3-47-3-31「いや、」と、伯爵は言った。3-47-3-32「御婦人（ごふじん）というものは、とかく恩（おん）をお忘（わす）れになりがちで。3-47-3-33ああしたあなたの御心配（ごしんぱい）も、男爵夫人のお心（こころ）には少（すこ）しもひびいていないというわけですから。3-47-3-34恩を忘れる、と言ってはあたりませんな、気まぐれとでも申しましょう。3-47-3-35が、なんとも仕方（しかた）のないことで、とかく人間（にんげん）、自分（じぶん）のためにならないことのほうが好（す）きなのでして。3-47-3-36で、かんたんな方法（ほうほう）は、思うとおりにさせておくことですな。3-47-3-37たとい、体（からだ）をこわすようなことになろうと、けっきょく、わが身（み）を怨（うら）むよりほかにありませんし」。 3-47-3-38ダングラールは、それにはなんとも答えなかった。3-47-3-39彼にはいま、目睫（もくしょう：「め」と「まゆ」から、目前、まぢかの意味）のあいだに、なさけない家庭争議（かていそうぎ）の迫（せま）っていることが感（かん）じられていた。3-47-3-40男爵夫人の眉（まゆ）は迫（せま）って、まるでオリンポスの山上（さんじょう）に立つジュピテル（ギリシャ神ゼウス）の眉さながら、いまや嵐（あらし）の近（ちか）づいていることをつげていた。3-47-3-41ドプレーは、嵐（あらし）が高（たか）まりそうだと見て取って、なにかの用（よう）にかこつけて辞（じ）し去（さ）った。 3-47-3-42モンテ・クリスト伯もまた、長居（ながい）をして、せっかくこの家にはいりこもうとする計画（けいかく）を台（だい）なしにしてはと考えて、これもまた、ダングラール夫人に挨拶（あいさつ）をすまし、男爵（だんしゃく）ひとりを夫人の憤怒（ふんぬ）の前にさらしたまま暇（ひま）を告（つ）げた。3-47-3-43『よし！』と、モンテ・クリスト伯は、帰（かえ）りながら考（かんが）えた。 3-47-3-44『踏（ふ）みこもうと思ったところまでふみこめたぞ。3-47-3-45いまこそ、その家庭の平和（へいわ）はおれの手中（しゅちゅう）にある。3-47-3-46そして一挙（いっきょ）に、主人（しゅじん）の心をつかみ、また夫人の心をつかむことができるのだ。3-47-3-47じつにうまく運（はこ）んでくれた！だが、』と、彼はつけ加えた。 3-47-3-48『ぜひ会いたいと思っていたユージェニー・ダングラール嬢（じょう）にだけは紹介（しょうかい）してもらえなかった。3-47-3-49だが、』、彼は、ここで、一流（いちりゅう）の微笑（びしょう）を浮（う）かべて、『なにしろパリにいることだ。3-47-3-50これからだって折（おり）はある。3-47-3-51それは、いずれまたというわけなのだ・・・・』。3-47-3-52伯爵は、こんなことを考えながら、馬車に乗（の）って邸（やしき）に帰った。 |
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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/9/7