４６（９）昵懇のしるしに家内に

3-46-9-1「いずれパリでわれわれ貧弱（ひんじゃく）な金持連（かねもちれん）を圧倒（あっとう）するほどの豪奢（ごうしゃ）をお見せになりましょう。3-46-9-2さきほどここへまいりながら、絵（え）をごらんになっておいでのところを拝見（はいけん）して、どうやら画（え）がお好（す）きのように推察（すいさつ）しました。3-46-9-3ｊひとつ、わたしの画廊（がろう）をごらん願（ねが）うことにいたしましょうか。3-46-9-4すべて古人（いにしえ・びと）の作品（さくひん）で、正真正銘（しょうしん・しょうめい）大家（たいか）の作（さく）でございます。3-46-9-5わたしはどうも、現代（げんだい）の画家（がか）を好（この）みませんので」。

3-46-9-6「ごもっともです。3-46-9-7彼（かれ）らには、一般（いっぱん）に申（もう）して大（おお）きな欠点（けってん）がありますからな。3-46-9-8つまり、古人（こじん）になるだけのひまがないというところが」。3-46-9-9「トルバルドセン、バルトロニ、カノーバの彫刻（ちょうこく）をニ三（に・さん）ごらんに入れましょうか？3-46-9-10いずれも外国人（がいこくじん）でございます。3-46-9-11わたしは、フランスの芸術家（げいじゅつか）にはどうも感心（かんしん）いたしませんので」。

3-46-9-12「彼らにたいして、いかに苛酷（かこく）なお考（かんが）えをお持（も）ちになっても、わたしにはなんとも申せません。3-46-9-13すべてお国（くに）の人（ひと）たちですから」。3-46-9-14「いや、こうした話（はなし）は、もっと後（あと）で、御親密（ぎしんみつ）に願（ねが）ってからのことにいたしましょう。3-46-9-15今日（きょう）は、もしおゆるしが願えますなら、家内（かない：妻）を御紹介（ごしょうかい）させていただきます。3-46-9-16これほど『そわそわ』いたしておりますことをおゆるしください。3-46-9-17まるで、もう御昵懇（ご・じっこん）の方（かた）のような気がいたしますので」。3-46-9-18モンテクリスト伯は、いま銀行家（ぎんこうか）が与（あた）えようという名誉（めいよ）をうべなったしるしに一揖（いちゆう：辞書：ちょっとおじぎすること）した。

3-46-9-19ダングラールは、ベルを鳴（な）らした。3-46-9-20きらびやかな服（ふく）をつけた下僕（げぼく）があらわれた。3-46-9-21「奥（おく）さまはお室（しつ）においでかね？」と、ダングラールがたずねた。3-46-9-22「はい、男爵さま」と、下僕が答えた。3-46-9-23「おひとりか？」。3-46-9-24「いえ、お客（きゃく）さまでございます」。3-46-9-25「伯爵、相客（あいきゃく）がありましても、おゆるしいただけるでございましょうか？3-46-9-26御身分（ごみぶん）をかくしておいでなのではいらっしゃいませんか？」。3-46-9-27「いや、男爵」と、モンテ・クリスト伯は微笑（びしょう）しながら言った。3-46-9-28「そんな権利（けんり）は、このわたしにはありませんから」。

3-46-9-29「で、奥さまのところにはどなたがおいでだ？3-46-9-30ドプレーさんか？」と、きげんよさそうにダングラールがたずねた。3-46-9-31銀行家の家庭（かてい）の秘密（ひみつ）を知（し）っていた伯爵は、それを聞（き）くなり、心のなかで『にやり』とした。3-46-9-32「ドプレーさまでございます、男爵さま」と、下僕が答えた。3-46-9-33ダングラールはうなずいた。3-46-9-34そして、モンテ・クリスト伯のほうを向くと、「リュシアン・ドプレー氏は、わたしどもの古（ふる）い友（とも）だちで、内務大臣（ないむだいじん）秘書官（ひしょかん）をやっております。3-46-9-35ところで家内は、わたしと結婚（けっこん）いたしてから貴族（きぞく）でないことになりましたが、以前（いぜん）はセルビエル家（け）の生（う）まれでして、陸軍大佐（りくぐん・たいさ）ド・ナルゴンヌ侯爵（こうしゃく）の未亡人（みぼうじん）でございます」。

3-46-9-36「奥さまにはお目にかかっておりませんが、リュシアン・ドプレー氏には、すでにお目にかかりました」。3-46-9-37「ほほう！」と、ダングラールが言った。3-46-9-38「いったいどちらで？」。3-46-9-39アルベール氏のところででした」。3-46-9-40「ははあ、あの若（わか）い子爵（ししゃく）を御存（ごぞん）じで？」と、ダングラールは言った。3-46-9-41「謝肉祭（しゃにくさい）の時、ローマでごいっしょになりました」。3-46-9-42「なるほど、」と、ダングラールは言った。

3-46-9-43「ローマの廃墟（はいきょ）で、山賊（さんぞく）だったか、泥棒（どろぼう）だったかに出会（であ）ったというふしぎな話（はなし）を聞（き）かされたようにおぼえております。3-46-9-44奇跡的（きせきてき）に命拾（いのち・びろ）いをしましたとか。3-46-9-45そうした話を、イタリーから帰（かえ）ってきたとき、家内や娘（むすめ）に話（はな）しておられたようにおぼえております」。3-46-9-46「奥さまがお待（ま）ちでいらっしゃいます」と、もどってきた下僕がつたえた。3-46-9-47「では、失礼（しつれい）ですが、お先（さき）に立（た）って御案内（ごあんない）させていただきます」と、一揖しながらダングラールが言った。3-46-9-48「お供（とも）いたしましょう」と、モンテ・クリスト伯がそれに答（こた）えた。
 
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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/26