４６（６）無制限貸出の意味が今ひとつ

3-46-6-1「ところで伯爵（はくしゃく）、」と、ダングラールは、ちょっと頭（あたま）をさげて言（い）った。3-46-6-2「トムスン・アンド・フレンチ商会（しょうかい）から通知（つうち）がまいっていますのですが」。3-46-6-3「それを伺（うかが）って安心（あんしん）しました、男爵（だんしゃく）。3-46-6-4お宅（たく）の方々（かたがた）と同（おな）じように、そうお呼（よ）びいたすことをおゆるしください。3-46-6-5つまり、男爵などというものが残（のこ）っている国々（くにぐに）の、ありがたくもない習慣（しゅうかん）の一つ（ひとつ）というわけですな。3-46-6-6なにしろ、これから先（さき）は、男爵という『やつ』ができないことになりましたので。3-46-6-7（読者註：共和国になってから、フランスには貴族ができないことをいう）。3-46-6-8いや、なにしろ、そう伺（うかが）って安心（あんしん）しました。3-46-6-9それで、わたし自身（じしん）ほうから用向き（ようむき）を申（もう）しあげる必要（ひつよう）がなくなりました。3-46-6-10それがなかなかやっかいなので。3-46-6-11ところで、通知（つうち）があったと伺いましたが？」。 3-46-6-12「さよう、」と、ダングラールは言（い）った。3-46-6-13「ただし、正直（しょうじき）なところ『はっきり』した意味（いみ）がつかめませんので」。 3-46-6-14「ほほう！」。 3-46-6-15「で、御説明（ごせつめい）願（ねが）おうと思って、さきほどお尋（たず）ねしたしだいでしたが」。 3-46-6-16「承（うけたまわ）りましょう」。 3-46-6-17「その手紙（てがみ）が、」と、ダングラールは言った。3-46-6-18「ここにあると思いますが。3-46-6-19（と言いながらポケットを探った）、ありました、これです」。3-46-6-20これによりますと、モンテ・クリスト伯爵にたいし、店（みせ：この場合ダングラールの銀行）から無制限貸出（むせいげん・かしだし）を申しあげることになっております」。 3-46-6-21「で、どこのところが曖昧（あいまい）だと？」。 3-46-6-22「曖昧な点（てん）はございませんが、ただ、『無制限』という字（じ）がどうも・・・・」。3-46-6-23「でも、それはフランス語（ご）ではなかったですかな？3-46-6-24いや、なにしろ書いたのが、イギリス系（けい）のドイツ人（じん）というわけなので」。 3-46-6-25「どういたしまして、文章（ぶんしょう）のほうにはなんら文句（もんく＝苦情、注文）がございません。3-46-6-26ただ、御取引（おとりひき）のほうから申しますと、どうもそうとばかりは言えませんので」。3-46-6-27「ではお考えによりますと、」と、モンテ・クリスト伯は、できるかぎりのとぼけた声（こえ）でたずねた。3-46-6-28「トムスン・アンド・フレンチ商会（しょうかい）は、安心（あんしん）できかねるとでもおっしゃいますか、男爵？3-46-6-29これは困（こま）った。3-46-6-30困りましたな。3-46-6-31わたしは、あの商会に少（すこ）し金（かね）が預（あず）けてありますので」。 3-46-6-32「いや！そのへんは確（たし）かでございますとも」と、ダングラールは、ほとんどあざ笑（わら）うような微笑（びしょう）を浮（う）かべながら言（い）った。3-46-6-33「ただ、『無制限』という文字（もじ）の意味（いみ）が、金融（きんゆう）のほうではじつに漠然（ばくぜん）としておりますので・・・・」。3-46-6-34「つまり、その意味が無制限だとおっしゃるのですな？」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-46-6-35「そうでございます。3-46-6-36そのことを申しあげようと思いまして。3-46-6-37ところで、漠然ということは、疑（うたが）わしいと申すことで、賢者（けんじゃ）も、疑わしいと思ったら、すべからく手（て）を引（ひ）くべしと申しております」。 3-46-6-38「そうすると、」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-46-6-39「トムスン・アンド・フレンチ商会がいかに馬鹿（ばか）なまねをしようと、ダングラール商会だけは、そんなまねはしないとおっしゃるのですな？」。3-46-6-40「それはまたどうして？」。3-46-6-41「そう、それにちがいありません。3-46-6-42トムスン・アンド・フレンチ商会は、数字（すうじ）なぞは問題（もんだい）にしないで取引（とりひき）をする。3-46-6-43ところが、ダングラールさんは、取引に制限（せいげん）をおつけになる。3-46-6-44さっきもおっしゃったように、賢者（けんじゃ）でいらっしゃる・・・・」。 3-46-6-45「あなた、」と、銀行家（ぎんこうか）は、傲然（ごうぜん）としてそれに答（こた）えた。3-46-6-46「これまで誰（だれ）一人（ひとり）、わたしのところの金庫（きんこ）の金（かね）のことを懸念（けねん）したものはありませんでした」。3-46-6-47「してみると、」と、モンテ・クリスト伯は冷（ひや）やかに答（こた）えた。3-46-6-48「どうやらわたしが初（はじ）めてというわけですな」。3-46-6-49「どうしてまたそんなことを？」。3-46-6-50「つまり、わたしに説明（せつめい）をお求（もと）めになりましたから。3-46-6-51こうして、二の足（にのあし）をお踏（ふ）みになったらしいところを見ますと、どうもそうだとしか思われませんな・・・・」。 3-46-6-52ダングラールは唇（くちびる）を噛（か）んだ。3-46-6-53彼（かれ）は、またもや『して』やられた。3-46-6-54それも今度（こんど）は、専門（せんもん）の方面（ほうめん）においてのことなのだった。3-46-6-55人（ひと）をばかにしたような相手（あいて）の礼儀（れいぎ）正（ただ）しさも、じつはつくりものにすぎず、ほとんど非礼（ひれい）に近（ちか）いもののようにさえ考（かんが）えられた。3-46-6-56これに反（はん）して、モンテ・クリスト伯のほうは、言いようのないほどな温容（おんよう）でほほ笑（え）んでいた。3-46-6-57そして、必要（ひつよう）とあれば素朴（そぼく）な態度（たいど）をさえ示（しめ）すことができたことから、それは、彼の立場（たちば）を有利（ゆうり）にしていた。3-46-6-58「では、」と、ダングラールは、しばらく黙（だま）っていた後（あと）で言った。

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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/26