４６（５）エドモンとダングラール

3-46-5-1折（おり）からダングラールは、ある鉄道（てつどう）に関（かん）する相談会（そうだんかい）を司会（しかい）していた。3-46-5-2そこへ、モンテ・クリスト伯（はく）が訪（たず）ねてきたことが告（つ）げられた。3-46-5-3もっとも、会（かい）はほとんど終（おわ）りに近（ちか）づいていた。3-46-5-4伯爵（はくしゃく）と聞（き）いて、彼（かれ）は立（た）ち上（あ）がった。3-46-5-5「諸君（しょくん）、」と、彼は、その大部分（だいぶぶん）のものが、両院（りょういん）の錚々（そうそう）たる議員（ぎいん）である一座（いちざ）の面々（めんめん）に呼（よ）びかけた。 3-46-5-6「失礼（しつれい）させていただきます。3-46-5-7じつは、ローマのトムスン・アンド・フレンチ商会（しょうかい）から、無制限（むせいげん）貸出（かしだし）をしてもいいという、モンテ・クリスト伯爵（はくしゃく）なる人物（じんぶつ）を紹介（しょうかい）してよこしました。3-46-5-8外国（がいこく）の取引店（とりひきてん）で、これまで、こうした変（かわ）った冗談（じょうだん）を言（い）ってよこした店（みせ）は一軒（いっけん）もありません。3-46-5-9そうしたわけで、おわかり願（ねが）えることと思（おも）いますが、わたしは好奇心（こうきしん）をもち、いまもその好奇心にそそのかされているわけでして。 3-46-5-10じつは今朝（けさ）、その伯爵のところへよってみましたが、正真正銘（しょうしん・しょうめい）の伯爵だったら、あれほど金持（かねもち）のはずがありません。3-46-5-11ところがどうです、『旦那（だんな）さまにはお会（あ）いになれまい』と、こうなのです。3-46-5-12モンテ・クリスト伯というやつ、まるで自分（じぶん）が宮（みや）さま（＝やんごとなきおかた：貴人）か、それとも絶世（ぜっせい）の美人（びじん）ででもあるかのように、いやに気取（きど）っているわけなのです。3-46-5-13ともかく、邸（やしき）はシャン・ゼリゼーにありまして、これはたしかにたしかめて見（み）たのですが、たしかに自分（じぶん）の邸（やしき）で、きわめて堂々（どうどう）たるものでした。3-46-5-14ところが、無制限貸出という『やつ』」と、ダングラールは卑（いや）しげな微笑（びしょう）を浮（う）かべながら、「これは貸出を引（ひ）き受（う）ける銀行（ぎんこう）を『じりじり』させるやつでしてね。3-46-5-15一刻（いっこく）も早（はや）く、その御本人（ごほんにん）というのに会（あ）って見（み）たいと思っています。3-46-5-16まるで、狐（きつね）につままれでもしたような気持（きもち）でしてな。 3-46-5-17ただし、先（せん）ぽうでは、相手（あいて）がどんな人間（にんげん）であるかを御存（ごぞん）じない。3-46-5-18『ことわざ』にも『さいごに笑うもの大いに笑う』というわけでして」。3-46-5-19男爵（だんしゃく）は、鼻（はな）の穴（あな）を大（おお）きくひらき、こうした大げさな言葉（ことば）を言（い）い終（おわ）わるやいなや客人（きゃくじん）たちのそばをはなれ、ショセ・ダンタン界隈（かいわい）でも噂（うわさ）に高（たか）い、白（しろ）と金（きん）とで塗（ぬ）られた客間（きゃくま）のなかへ入（はい）っていった。3-46-5-20彼（かれ）は、訪（たず）ねてきた客（きゃく）を一挙（いっきょ）にびっくりさせてやろうと思（おも）って、そこに通（とお）させて置（お）いたのだった。3-46-5-21伯爵は、立（た）ったまま、アルバーネとファットーレの何枚（なんまい）かの模写（もしゃ）をながめていた。 3-46-5-22これは銀行家が本物（ほんもの）だというので買（か）わされたもので、模写ではあるが天井（てんじょう）を飾（かざ）っている色（いろ）さまざまの菊（きく）『ちさ』の模様（もよう）と、いかにもみごとな調和（ちょうわ）を見せていた。3-46-5-23ダングラールの入って来（く）るのを聞（き）きつけて、伯爵は振（ふ）りかえった。3-46-5-24ダングラールは、軽（かる）く会釈（えしゃく）をした。3-46-5-25そして、白繻子（しろ・しゅす）に金（きん）の縫（ぬ）いをした布（ぬの）が張（は）られ、木（き）の部分（ぶぶん）が金色（きんいろ）に塗（ぬ）られている肱掛（ひじかけ）椅子（いす）にかけるように手真似（てまね）でしめした。 3-46-5-26伯爵は腰（こし）をおろした。3-46-5-27「モンテ・クリストさんでいらっしゃいますか？」。3-46-5-28「では、あなたが、」と、伯爵は言った、「衆議院（しゅうぎいん）議員（ぎいん）、レジオン・ドヌール帯勲士（たいくんし：Ｗｅｂ辞書：勲章を身に帯びている者）、ダングラール男爵（だんしゃく）でいらっしゃいますか？」。3-46-5-29モンテ・クリスト伯は、男爵の名刺（めいし）に書（か）かれていた肩書（かたがき）を、すっかりそのままくり返（かえ）した。3-46-5-30ダングラールは、意外（いがい）な質問（しつもん）に『ぎょっ』として、いまいましそうに唇（くちびる）を噛（か）んだ。3-46-5-31「失礼（しつれい）いたしました。3-46-5-32取次（とりつ）ぎの者（もの）にお名乗（なの）りのお肩書を、最初（さいしょ）に申（もう）しあげることを失念（しつねん）いたしました」と、男爵が言った。 3-46-5-33「しかし、御承知（ごしょうち）のとおり、ただいまは民衆（みんしゅう）政治（せいじ）の世（よ）の中（なか）で、このわたしも、民衆（みんしゅう）の代表者（だいひょうしゃ）の一人（ひとり）ということになっていまして」。3-46-5-34「それで、」と、モンテ・クリスト伯は答（こた）えた。3-46-5-35「御自分（ごじぶん）を男爵と呼（よ）ばせる習慣（しゅうかん）はそのままにして、他人（たにん）を伯爵と呼ぶ習慣のほうをお取りやめになったというわけですな？」。3-46-5-36「いや、それを格別（かくべつ）ありがたいとも思（おも）っておりませんので」と、ダングラールは、気（き）の乗（の）らないようすでそれに答（こた）えた。3-46-5-37「ほんのわずかなことから男爵にされ、レジオン・ドヌールの五等勲章（ごとう・くんしょう）をさずけられたというわけでして・・・・」。 3-46-5-38「では、かつてド・モンモランシー氏やド・ラファイエット氏がされたように、肩書（かたがき）を返上（へんじょう）なすったとでもいうわけですか？3-46-5-39りっぱな手本（てほん）をお示（しめ）しでしたな」。3-46-5-40「いや、そんなわけではございませんので」と、ダングラールは、こまったようすで言葉（ことば）をつづけた。3-46-5-41「ほんの召使（めしつかい）どものためなのでして・・・・」。3-46-5-42「なるほど、お宅（たく）の者（もの）たちには閣下（かっか：著者ルビ：モンセイニユール）と言（い）わせ、新聞記者（しんぶん・きしゃ）たちからはただの様（さま：著者ルビ：ムッツシュー）、選挙区（せんきょく）の人（ひと）たちからは、君（くん：著者ルビ：ノトワイヤン）。3-46-5-43つまり立憲政治下（りっけん・せいじ・か）にあって、きわめて融通無碍（ゆうずう・むげ：Ｗｅｂ辞書：行動や考えが何の障害もなく、自由で伸び伸びしていること）のお使（つか）いわけというやつですな。3-46-5-44いや、よくわかりました」。 3-46-5-45ダングラールは唇（くちびる）を噛んだ。3-46-5-46だが、この方面（ほうめん）では、とうていモンテ・クリスト伯と太刀（たち）うちできないことを見てとった彼は、自分の専門（せんもん）の方面（ほうめん）の話（はなし）に戻（もど）そうとした。

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ページ制作者：（ささくら修道会）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/26