４６（２）ボーイ「パティスタン」

3-46-2-1「伯爵（はくしゃく）さま、」と、ベルツッチオが言（い）った。3-46-2-2「仰（おお）せの馬（うま）は、売物（うりもの）ではなかったのでございます」。3-46-2-3伯爵は首（くび）をすくめて見（み）せた。3-46-2-4金（かね）の出（だ）せる人間（にんげん）にとっては、どんなものでも売物なのだ」。3-46-2-5「伯爵さま、ダングラールさまは、あの二頭（にとう）に一万六千フラン（読者註：１６００万円）お出（だ）しになったのでございます」。3-46-2-6「それなら、三万二千フラン出そうと言ってかけあえばよかったのだ。3-46-2-7あの男（おとこ）は銀行家（ぎんこうか）だ。3-46-2-8銀行家というやつは、元手（もとで）を倍（ばい）にできる機会（きかい）を決（けっ）してのがしたりはしないのだ」。3-46-2-9「それは、まじめなお話（はなし）でございましょうか？」と、ベルツッチオはたずねた。 3-46-2-10伯爵は、自分（じぶん）にそんなことをたずねる人間（にんげん）のいるのに、さも驚（おど）いたといったようすで、じっと家令（かれい）の顔（かお）を見（み）つめた。3-46-2-11「今夜（こんや）、わたしは人（ひと）を訪（たず）ねなければならないのだ」と、伯爵は言（い）った。3-46-2-12「あの二頭（にとう）の馬（うま）を、新（あた）しい馬具（ばぐ）をつけて、車（くるま）につけるようにしてもらいたい」。3-46-2-13ベルツッチオは、辞儀（じぎ）をして引（ひ）き下（さ）がった。3-46-2-14だが、戸口（とぐち）のところで立（た）ち止（どま）ると、「旦那（だんな）さま、何時（なんじ）ごろお訪ねのおつもりで？」。3-46-2-15「五時（ごじ）だ」と、モンテ・クリスト伯が言（い）った。3-46-2-16「ただいま二時（にじ）でございますが」と、家令（かれい）はおずおずしながら言った。3-46-2-17「わかっている」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-46-2-18そして、アリのほうを振（ふ）り向（む）くと、「馬（うま）をみんな奥様（おくさま：読者註：エデ）の前（まえ）に引（ひ）いて行（い）かせ、いちばん気（き）に入（い）った馬を選（えら）ぶように言ってもらおう。3-46-2-19そして、わたしと晩餐（ばんさん）をいっしょにたべるかどうか、言ってよこしてくれるように。3-46-2-20いっしょにたべるということだったら、あちらでたべることにしよう。3-46-2-21下（した）へ行（い）ったら、ボーイをよこしてくれるように」。 ボーイ「パティスタン」 3-46-2-22アリの姿（すがた）が消（き）えたかと思（おも）うと、入れかわりにボーイがはいってきた。3-46-2-23「パティスタン、」と伯爵は言った。3-46-2-24「お前が、わたしのところにつとめて、もう一年（いちねん）になる。3-46-2-25それは、わたしの家（いえ）での目見え（めみえ：見習い）期間（きかん）だ。3-46-2-26ところで、わたしはお前（まえ）が気（き）に入った」。3-46-2-27パティスタンは辞儀（じぎ）をした。3-46-2-28「あとはただ、はたしてわたしが、お前に気に入ったかどうかということだけだ」。3-46-2-29「伯爵さま、とんでもないことをおっしゃいます！」と、あわててパティスタンが返事（へんじ）をした。3-46-2-30「まあしまいまで聞（き）くがいい」と、伯爵は言葉（ことば）をつづけた。 3-46-2-31「お前は年（ねん）に千五百フラン（読者註：１，５００Ｘ１，０００＝１５０万円）もらっている。3-46-2-32それは、毎日（まいにち）命（いのち）の危険（きけん）を冒（おか）している精励勇敢（せいれい・ゆうかん）な将校（しょうこう）のもらう俸給額（ほうきゅう・がく）だ。3-46-2-33そして、お前の食（た）べさせてもらっているのは、お前より遥（はる）かに忙（いそが）しい事務（じむ）についている局長（きょくちょう）や課長（かちょう）さえ羨（うらや）むくらいの食事（しょくじ）だ。3-46-2-34お前は、召使（めしつかい）の身（み）でありながら、自分（じぶん）の肌着（はだぎ）や身（み）のまわりのもののせわをしてくれる者（もの）を持（も）っている。3-46-2-35お前は千五百フランの給料（きゅうりょう）のほかに、わたしの身のまわりのものを買（か）うとき、年（ねん）におよそ千五百フランの金（かね）をごまかしている」。 3-46-2-36「おお、旦那（だんな）さま！」。3-46-2-37「パティスタン、わたしは文句（もんく：苦情）を言いはしない。3-46-2-38それもむりがないだろう。3-46-2-39だが、まずこのくらいでやめてほしいと思うのだ。3-46-2-40お前が、幸運（こううん）にもこの家（いえ）で与えられているような位置（いち）は、ほかのどこへいっても見（み）つかるものではない。3-46-2-41わたしは、家（いえ）の者（もの）を殴（なぐ）ったり、怒鳴（どな）ったり、腹（はら）を立（た）てたりも絶対（ぜったい）しない。3-46-2-42いつも過（あやま）ちはゆるしている。 3-46-2-43ただ、怠（なま）けたり、もの忘（わす）れをしたりすることだけはゆるさないのだ。3-46-2-44わたしの命令（めいれい）はいつでもかんたんだ。3-46-2-45だが、それはいつもはっきりしている。 3-46-2-46わたしは、自分（じぶん）の命令がまちがって受（う）け取（と）られるより、二度（にど）でも三度（さんど）でもくり返（かえ）し言（い）わされるほうが気持（きもち）いいのだ。 3-46-2-47わたしには自分の知（し）りたいと思（おも）うことを知り得（う）るだけの金（かね）がある。3-46-2-48そして、わたしは好奇心（こうきしん）の強（つよ）い人間（にんげん）だ。3-46-2-49これはあらかじめ言（い）っておこう。3-46-2-50だから、もしお前が、好（よ）いにしろ悪（わる）いにしろ、わたしの噂（うわさ）をしたり、わたしの行動（こうどう）をとやかく言ったり、わたしのすることを窺（うかが）ったりしたことがわかったが最後（さいご）、そのとき限（かぎ）りこの家（いえ）を出（で）ていってもらおう。 3-46-2-51わたしは、召使（めしつかい）に、ただ一度（いちど）しか注意（ちゅうい）しないことにしている。3-46-2-52これがお前への注意の全部（ぜんぶ）だ。3-46-2-53行（い）ってよろしい」。3-46-2-54パティスタンは、辞儀（じぎ）をして、引（ひ）き下（さ）がろうと二足（ふたあし）三足（みあし）歩（ある）きかけた。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/26