４５（２） ４５（２）
| 3-45-2-1宝石商（ほうせきしょう）は、食事（しょくじ）をはじめました。3-45-2-2カルコントは、いかにも気（き）のつく主婦（しゅふ）といったように、こまごまとせわをやいていました。3-45-2-3いつもは、あれほど癇癪（かんしゃく）持ちで、しかも剛情（ごうじょう）な女（おんな）が、まるで親切（しんせつ）叮嚀（ていねい）のお手本（てほん）とでもいいたいようなようすでした。3-45-2-4もし宝石商が、前からこの女を知（し）っていたと致（いた）しましたら、こうした変（かわ）りかたに驚（おどろ）きもし、妙（みょう）に思（おも）いもしましたろう。3-45-2-5一ぽう（いっぽう）、カドルッスは、一言（ひとこと）も口（くち）をきかず、あいかわらず室（しつ）のなかを歩（ある）きまわって、客（きゃく）のほうを見（み）ることさえ、ためらいがちのようでした。 3-45-2-6食事のすんだとき、戸（と）をあけに行ったカドルッスは、『どうやら嵐（あらし）もおさまったようでございますな』と、申（もう）しました。3-45-2-7このとき、その言葉（ことば）をくつがえそうとするかのように、またもや恐（おそ）ろしい雷鳴（らいめい）が、家（いえ）を揺（ゆ）るがせてとどろきました。3-45-2-8そして、雨（あめ）まじりの風（かぜ）が、『さっ』と吹（ふ）きこんだと思うと、ランプは消（き）えてしまいました。3-45-2-9カドルッスは戸を閉（し）めました。3-45-2-10女房（にょうぼう）は消えかかっている炉（ろ）の火を蝋燭（ろうそく）へ移（うつ）しながら、『さぞお疲（つか）れでございましょう。3-45-2-11新（あたら）しいシーツを敷（し）いときました。3-45-2-12上（うえ）へいらしっておやすみになって』。と、宝石商に申しました。 3-45-2-13ジョアネスは、嵐のおさまらないのをたしかめるため、しばらくそのままでおりましたが、雷（かみなり）も、雨（あめ）も、はげしくなってゆく一ぽう（いっぽう）なのを見（み）て取（と）りますと、二人（ふたり）に『おやすみ』を言（い）って、梯子（はしご）をのぼって行（い）きました。3-45-2-14彼（かれ）は、わたくしの頭（あたま）の上（うえ）を通（とお）っていきました。3-45-2-15そして、わたくしの耳（みみ）には、一足（ひとあし）ごとに階段（かいだん）のきしみが聞きとれました。3-45-2-16カルコントは、それを『じっ』と見送（みおく）っておりましたが、カドルッスは、そのほうへ背（せ）を向（む）け、見向（みむ）きもしないでおりました。 3-45-2-17それから後（のち）、何度（なんど）となく頭（あたま）に浮（う）かんだそれらのことが、自分（じぶん）の目（め）で見（み）ていたそのときには、少（すこ）しも不審（ふしん）に思われませんでした。3-45-2-18どう考（かんが）えてみましても、それはきわめて普通（ふつう）のこと、ダイヤモンドのことだけはちょっと変（へん）な気持（きもち）もいたしましたが、そのほかすべては、いかにもあたりまえのことのように思われました。 3-45-2-19で、体（からだ）も綿（わた）のように疲（つか）れ、嵐（あらし）が一息（ひといき）つくのを待（ま）とうと思っておりましたわたくしは、ここニ三時間（に・さん・じかん）寝（ね）て置（お）いて、夜中（よなか）になって出（で）て行（い）くつもりでおりました。3-45-2-20上の室では、宝石商が、ゆっくり一夜（いちや）をあかそうと、寝支度（ね・じたく）をするらしい音（おと）が聞（きこ）こえていました。3-45-2-21やがて、ベッドのきしみが聞（き）こえ、横（よこ）になったことがわかりました。3-45-2-22わたくしは、思わず目をつぶりかけておりました。3-45-2-23疑（うたが）うこともないので、べつに眠（ねむ）らないようにともしませんでした。3-45-2-24そして、最後（さいご）に、台所（だいどころ：キッチン）のほうへ目をやりますと、カドルッスは、長（なが）いテーブルのそば、村（むら）の旅籠（はたご：旅館）でよく見かける椅子（いす）代（が）わりの木（き）の腰掛（こしかけ）に腰を掛けておりました。 3-45-2-25こっちに背（せ）を向（む）けていましたので、どんな顔（かお）つきだかはわかりませんが、たといこちらを向いていても、頭（あたま）を両手（りょうて）でかかえていたので、おそらく見えなかったことでございましょう。3-45-2-26カルコントは、ちょっとカドルッスのほうへ目をやったかと思うと首（くび）をすくめ、その前に来て腰をおろしました。 3-45-2-27ちょうどそのとき、消えかけていた焔（ほのお）が、いままで燃えずにいた残（のこ）りの薪（たきぎ）に燃（も）えついて、いくらか元気（げんき）づいた焔（ほのお）の光（ひかり）が、暗（くら）い室のなかをパッと明（あか）るくさせました。3-45-2-28カルコントは、じっと夫（おっと）を見つめていました。3-45-2-29しかし、夫が、いつまでもじっと身動（みうご）きしないでいるのを見ますと、鉤（かぎ）『なり』の手をそのほうへ伸（の）ばして、夫の額（ひたい）に触（さわ）りました。3-45-2-30カドルッスは、さっと体（からだ）をふるわせました。3-45-2-31女房の唇（くちびる）が動いたように見えました。 3-45-2-32だが、声（こえ）が低（ひく）かったせいか、それとも、こっちが眠（ねむ）くてわからなかったせいか、なにも聞こえてはきませんでした。3-45-2-33まるで、靄（もや）を通して見ているようで。3-45-2-34夢（ゆめ）を見かけているんだなという、眠気（ねむけ）に先立（さきだ）つはっきりしない気持（きもち）のままで、やがて目をつぶったかと思いますと、前後不覚（ぜんご・ふかく）に寝入（ねい）りました。3-45-2-35ぐっすり寝入っていたわたくしは、とどろきわたるピストルの音、魂（たましい）消（き）えるような叫び声に、思わずハッと目を覚（さ）ましました。 3-45-2-36床（ゆか）の上に、よろめく足音（あしおと）が聞こえました。3-45-2-37と、階段（かいだん）の、ちょうどわたくしの頭の上のあたりで、どたりと倒（たお）れる音（おと）がしました。3-45-2-38わたくしは、まだ眼が覚めきっていませんでした。3-45-2-39唸（うな）り声（ごえ）が聞こえ、組討（くみうち）でもするような低い叫び声が聞こえました。 3-45-2-40前より高い断末魔（だんまつま）の叫びが、弱（よわ）い呻（うめ）き声に取ってかわったかと思いますと、すっかり目が覚めてしまいました。3-45-2-41わたくしは、片肱（かたひじ）ついて起（お）きあがり、目だけは開（あ）けてみましたものの、真暗（まっくら）なので何（なに）ひとつとして見えません。3-45-2-42額（ひたい）に手をやりますと、梯子（はしご）の板（いた）のあいだから、生（なま）ぬるい雨（あめ）の雫（しずく）がどっと落（お）ちてきたように思いました。 3-45-2-43恐（おそ）ろしい物音（ものおと）の後（あと）、あたりはしんとしずまりました。3-45-2-44やがて、頭の上を歩く足音がして、つづいて梯子がきしみました。3-45-2-45男（おとこ）は、下（した）の室へおりて行き、暖炉のそばへあゆみよると、蝋燭（ろうそく）にあかりをともしました。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/25