４５（１）家令(かれい)「宝石商(ほうせきしょう)とカルコント」

3-45-1-1家（いえ）へはいるなり、宝石商（ほうせきしょう）は、探（さぐ）るような眼差（まなざ）しであたりを見（み）まわしました。3-45-1-2だが、なにひとつ、いままで持（も）っていなかったような疑（うたが）いの気持（きもち）を起（おこ）させるものもなく、疑いの気持があったにしても、それを裏書（うらがき）するようなものはありませんでした。3-45-1-3カドルッスは、あいかわらず紙幣（しへい）と金貨（きんか）とを両手（りょうて）で抑（おさ）えておりました。3-45-1-4カルコントは、できるだけ愛想（あいそう）よく、客（きゃく）のほうへ微笑（びしょう）を送（おく）っておりました。3-45-1-5『これは、これは！3-45-1-6足（た）りなくはないかと思（おも）って、わたしの出（で）た後（あと）で、も一度（いちど）財産（ざいさん）調（しら）べをしておいでだったというわけですか』と、宝石商が申しました。 3-45-1-7すると、カドルッスは、『とんでもない。なにしろ、どうしてこんな財産家（ざいさんか）になれたのか、まるで夢（ゆめ）みたいな気持なんで。3-45-1-8どうもほんとうのこととは思えませんや。3-45-1-9目の前に、それとたしかな証拠（しょうこ）を見ていないと、まだ夢のように思われまさあ』。3-45-1-10宝石商は、微笑（びしょう）を浮（う）かべながらたずねました。3-45-1-11『お前さんとこには、おとまりの旅（たび）の人（ひと）でもおいでですかね？』。3-45-1-12『いませんよ』と、カドルッスが答（こた）えました。3-45-1-13『家では人を泊（と）めませんので。3-45-1-14あんまり町（まち）に近（ちか）すぎるんで、誰（だれ）も泊ってくれませんや』。 3-45-1-15『それでは、とんだ御迷惑（ごめいわく）というわけですな？』。3-45-1-16御迷惑だなんて、あなた！』と、カルコントは愛想（あいそう）よく申（もう）しました。3-45-1-17『とんでもない！』。3-45-1-18『ところで、どこへ寝（ね）かせていただけますね？』。3-45-1-19『二階（にかい）のお室（しつ）にいたしましょう』。3-45-1-20『でも、それはあなた方（がた）』のお部屋（へや）でしょう？』。3-45-1-21『なあに、かまいませんとも。3-45-1-22隣（とな）りの室にも、一つベッドがありますから』。3-45-1-23カドルッスは、びっくりしたように、女房（にょうぼう）の顔（かお）をながめました。3-45-1-24宝石商は、からだを乾（かわ）かそうと、カルコントが燃（も）やしてくれた煖炉（だんろ）の薪（たきぎ）に背（せ）を暖（あたた）めて、なにか鼻唄（はなうた）を歌（うた）っていました。3-45-1-25その間（あいだ）に、女房はテーブルの上（うえ）に布（ぬの）を広（ひろ）げ、その片隅（かたすみ）に、わずかばかりの夕食（ゆうしょく）の残（のこ）りを並（なら）べ、生卵（なまたまご）を二つ三つ（ふたつみっつ）取（と）り添（そ）えました。 3-45-1-26カドルッスは、紙幣は紙入（かみいれ）に、金貨は財布（さいふ）のなかにおさめて、それをいっしょに箪笥（たんす）のなかにしまいました。3-45-1-27そして、あちらこちらと歩（ある）きまわっていましたが、ときどき、なにか考（かんが）えこんだようすで、火の前に坐（すわ）った宝石商が、体（からだ）から湯気（ゆげ）を立（た）てながら、片側（かたがわ）が乾（かわ）くと片側へと、向（む）きを換（か）えているほうをながめていました。3-45-1-28『さ、』と、カルコントは、葡萄酒（ぶどうしゅ）の瓶（びん）をテーブルの上に置（お）いて、『お夜食（やしょく）でしたらなんどきでも』と申しました。 3-45-1-29『あなたは？』と、ジョアネスがたずねました。3-45-1-30『わたしですかい？3-45-1-31やめときましょう』と、カドルッスが答（こた）えました。3-45-1-32『晩（ばん）の御飯（ごはん）がおそかったんで』と、あわててカルコントが申しました。3-45-1-33『では、わたし一人（ひとり）というわけですか?』。3-45-1-34『お給仕（きゅうじ）を致（いた）しましょう』と、カルコントは、いつもとは打（う）ってかわった、金（かね）を払（はら）う客（きゃく）にも見（み）せたことのないような愛想（あいそう）『たらたら』で申しました。3-45-1-35カドルッスは、ときどきチラリと、女房のほうをうかがっていました。 3-45-1-36嵐（あらし）はあいかわらず吹（ふ）いていました。3-45-1-37『お聞（き）きください。3-45-1-38あのとおりでございますよ！』と、カルコントが申しました。3-45-1-39『帰（かえ）っていらしって、ほんとにいいことをなさいましたよ』。3-45-1-40『でも、夜食（やしょく）をしているあいだに静（しず）まってくれたら、やっぱり出（で）かけることにしますが』。3-45-1-41こう宝石商が申しますと、カドルッスは頭（あたま）を振（ふ）って、『ミストラル（著者註：南仏特有の風の名前）でございますよ。3-45-1-42明日（あす）まではやみますまい』。3-45-1-43そう言ってから、溜息（ためいき）をひとつつきました。3-45-1-44宝石商は、テーブルの前に坐りこんで、『こんな嵐じゃ、おもてにいる人たちはみじめですなあ』。3-45-1-45『そうですとも、一晩中（ひとばんじゅう）えらい目（め）にあうでございましょうよ』と、カルコントが答えました。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/25