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| 3-44-8-1「じつは、たえず責（せ）められつづけている過去（かこ）の思い出を払（はら）いのけたいという気持（きもち）が半分（はんぶん）、それに、かわいそうな寡婦（かふ）の生計（せいけい）の途（みち）を立ててやろうという気持が半分、わたくしはまた元（もと）の密輸入（みつゆにゅう）をはじめました。3-44-8-2革命（読者註：この場合はナポレオンが再度没落して追放され、王政復古の世が戻った）のあとでは、警戒（けいかい）がゆるむのが例（れい）でして、ずっと商売（しょうばい）も楽（らく）になっておりました。3-44-8-3とりわけ南仏（なんふつ）沿岸（えんがん）は、アビニヨン、ニーム、ユゼースなどで絶（た）えず暴動（ぼうどう）が起こっていまして、警戒（けいかい）もずっと手薄（てうす）でした。3-44-8-4わたくしたちは、政府（せいふ）から与（あた）えられたこうした一種（いっしゅ）の休戦（きゅうせん）状態（じょうたい）をもっけのさいわい、沿岸（えんがん）各地（かくち）とすっかり連絡（れんらく）を取ってしまいました。 旅籠屋「ポン・デュ・ガール」 3-44-8-5兄がニームで殺されて以来（いらい）、わたくしは、あの町へ行く気になれずにおりました。3-44-8-6ところが、われわれと取引のあった旅籠屋（はたごや）の親爺（おやじ）は、こっちから出かけていかないことがわかると、向こうのほうから出かけてきて、ベルガルドからボーケールへ向かう街道筋（かいどうすじ）に『ポン・デュ・ガール』という名の支店（してん）を出しました。3-44-8-7こうしてエーグ・モルトの方面でも、マルティーグ、ブーグの方面（ほうめん）でも、われわれには、商品（しょうひん）を入れておく倉庫（そうこ）が十二ばかりでき、それがまた、『いざ』という時、税関吏（ぜいかんり）や憲兵（けんぺい）にたいしての『かくれが』になるというわけでした。 3-44-8-8ちょっと頭（あたま）の働（はたら）きがあり、それに勇気（ゆうき）がありましたら、密輸入というのもなかなか身いりのいい（＝金の儲かる）商売でして。3-44-8-9ところでわたくしは、山（やま）のなかで暮（く）らしておりました、それというのは、いざ裁判所（さいばんしょ）に引っ張り出されることになりますと、調べは勢（いきお）い過去に及びます。3-44-8-10ところで、わたくしの過去（かこ）には、密輸入の葉巻煙草（はまき・たばこ）や通過（つうか）許可証（きょかしょう）のないブランディの樽（たる）以上に、『どえらい』ことがありまして、憲兵や税関吏を倍（ばい）も怖（おそ）れなければならなかったからなんでございました。 ベルツッチオの哲学 3-44-8-11そんなわけで、つかまえられるよりは命（いのち）を投（な）げだしたほうがましと思って、どえらいことばかりやっていました。3-44-8-12そして、わたくしどもの渡世（とせい：生活のための職業だが不合法なもの）にとっては、何ごとであれ、すばやく腹（はら）をきめ、思い切ってキビキビやって行かなければならず、自分の身をかばうというようなことだけが、じゃまになるものということを幾度（いくど）となく思い知らされました。3-44-8-13事実（じじつ）、一遍（いっぺん）でも自分の命を投げ出してみますと、自分とほかの連中（れんちゅう）と、まったく段（だん）ちがいなものになりますので。3-44-8-14というより、他の連中など、もう相手（あいて）ではなくなります。3-44-8-15そして、いったんこうした腹がきまりますと、その時から、自分の力（ちから）が十倍（じゅうばい）になり、自分の世界がぐっとひらけたような気持になります」。 3-44-8-16「哲学（てつがく）だな、ベルツッチオ！」と、伯爵が口を挟（はさ）んだ。3-44-8-17「お前、いろいろなことを聞きかじっているんだな」。3-44-8-18「恐れ入ります」。3-44-8-19「いやいや！3-44-8-20だが、十時半になっての哲学は、すこし時刻が遅すぎる。3-44-8-21だが、それを別にしては文句（もんく）がない。3-44-8-22まさに、お前の言うところは正しいし、しかも、これは、どの哲学についても言えることではないんだから」。3-44-8-23「そうしたわけで、活動（かつどう）の範囲（はんい）はだんだん広くなり、収入（しゅうにゅう）は増してまいりました。3-44-8-24アスンタは世帯（せたい）持（も）ちが好（よ）いので、僅（わず）かばかりの財産（ざいさん）さえもできました。 アスンタのはからい「揺籃のこども」 3-44-8-25ある日、仕事に出ようと致（いた）しますと、『行ってらっしゃい、あなたが帰ってくるまでに、びっくりするようなことをして置きますよ』と、こうアスンタが申しました。3-44-8-26たずねてみても、なにも聞かせてくれません。3-44-8-27そこで、そのまま出かけました。3-44-8-28さて、帰ってきまして、アスンタの室（しつ）でいちばん目に着くところに何があったと思召（おぼしめ）す？3-44-8-29まわりの調度（ちょうど）にくらべてずばぬけてりっぱな揺籃（ようらん：ゆりかご）、中には七八ヶ月（しち・はち・かげつ）になる子供がはいっておりました。3-44-8-30わたくしは、嬉（うれ）しさのあまり、思わず声をあげました。 3-44-8-31検事（けんじ）を殺して以来、いつも悩（なや）んでおりましたのは、ただただあの子を捨（す）てたということだけでございました。3-44-8-32人を殺したことについては、少しも後悔（こうかい）してはおりませんでした。3-44-8-33これはいまさら、申しあげるまでもございませんが。3-44-8-34万事（ばんじ）を察（さっ）したやさしいアスンタは、わたくしの留守中（るすちゅう）に産衣（うぶぎ）の切れはしをふところに入れ、子供を養育院（よういくいん）に置いてきた日と時間とを忘れないように書きつけたのを持って、パリへ出かけていったのでした。3-44-8-35そして、子供を引き取りたいと申し出て、なんの苦（く）もなく、子供を渡してもらいました。 3-44-8-36ああ旦那さま！3-44-8-37そのかわいらしい子供が揺籃のなかに眠っているのを見ましたとき、わたくしは胸が一杯（いっぱい）になり、目からは涙があふれました。3-44-8-38『姉（ねえ）さん、あなたはほんとに見上（みあ）げた方（かた）ですね、きっと神さまのお恵みがありますよ』、こうわたくしは叫びました」。 3-44-8-39「だが、それはお前の哲学にくらべて、『より』たしかだとは言われないな」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-44-8-40「それはただ、お前がそう思ったというだけなんだ」。3-44-8-41「旦那さま、情（なさけ）ないことではございますが、」と、ベルツッチオはつづけた。3-44-8-42「じつは仰（おお）せのとおりでございました。3-44-8-43神さまは、その子に、わたくしを罰（ばっ）する役目（やくめ）をお申しつけになったのでした。3-44-8-44いかに根性（こんじょう）が曲っていても、あれほど早くからそれが芽（め）を出そうなどとは、まったく在（あ）り得（え）べからざることでございましょう。 3-44-8-45躾（しつけ）が悪かったためとは申せますまい、なにしろ姉（あね）は、まるで華族（かぞく）の若様（わかさま）ででもあるかのように、大切（たいせつ）に育てたことなのでして。3-44-8-46顔立（かおだ）ちの愛（あい）くるしい、乳色（ちちいろ）の地肌（じはだ）の色とよく調和（ちょうわ）のとれた、シナの陶器（とうき）とでもいったような、青い眼をした子供でした。3-44-8-47ただ、きつ過ぎるほどなブロンドの髪（かみ）が、顔立（かおだ）ちに奇怪（きかい）な表情（ひょうじょう）をあたえておりまして、それが、ぎょろぎょろした眼と意地悪（いじわる）そうな微笑（びしょう）とを、さらにきわだったものに思わせました。3-44-8-48情（なさけ）ないことには、『樺色（かばいろ）の髪をしたものは、ひどい善人（ぜんにん）か、ひどい悪人（あくにん）』と申す『ことわざ』がございます。3-44-8-49ところで、ベネデットの場合、それが当っておりまして、ほんの子供の時分（じぶん：頃）から、なんとも性悪（しょうわる）なやつでございました。3-44-8-50はじめ、そうなりかけていたところを、母親（ははおや）の甘（あま）さが、さらにそうさせたものと申せましょう。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/19