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| 3-44-5-1さて、さらに十分（じゅっぷん）ばかりいたしいますと、一人（ひとり）の男が、徒歩（とほ）で、外套（がいとう）に身をつつんでやってまいりました。3-44-5-2そして、庭の小門（しょうもん）をあけてはいる。3-44-5-3門（もん）はすぐにしまりました。3-44-5-4わたくしは、大急（おおいそ）ぎで下（した）へ降（お）りました。3-44-5-5べつにビルフォールの顔が見えたというわけではございませんが、自分の胸（むね）の鼓動（こどう）で、すぐにそれと感（かん）じました。3-44-5-6わたくしは、町を突（つ）っ切（き）って、塀（へい）の角（かど）にあった車止（くるまど）めのところへいき、それを足がかりにしてはじめて庭の中をのぞきました。 3-44-5-7ただし、今度（こんど）は見るだけではございませんでした。3-44-5-8わたくしは、ポケットから短刀（たんとう）を取り出し、その先がよく磨（と）ぎすまされているかどうかをたしかめたのち、塀（へい）の向（む）こうがわへ飛（と）びおりました。3-44-5-9わたくしは、まず第一（だいいち）の用心（ようじん）に、門のところまで走って行ってみました。3-44-5-10やつめ、ただしっかり鍵（かぎ）をかけただけで、鍵はそのまま戸（と）の内側（うちがわ）に残（のこ）されていました。3-44-5-11で、そこから逃（に）げたら、なんの面倒（めんどう）もないはずでした。 3-44-5-12わたくしは、あたりのようすを調べました。3-44-5-13庭は、長方形（ちょうほうけい）になっていまして、柔（やわ）らかいイギリス芝（しば）を植（う）えた芝生（しばふ）が真中（まんなか）にひろがり、芝生の隅々（すみずみ）には『こんもり』茂（しげ）った植え込みがあり、それには秋草（あきぐさ）の花（はな）がまじっていました。3-44-5-14家から小さな門へいくにしても、門から家へいくにしても、はいるにせよ出るにせよ、ビルフォールは、その植え込みのどれかのそばを通らなければなりませんでした。 3-44-5-15九月（くがつ）の末（すえ）のことでございました。3-44-5-16風（かぜ）が吹（ふ）き荒（あ）れて、青白（あおじろ）い月（つき）は、空（そら）をひた走（はし）る大きな雲（くも）に絶（た）えずかくされてはいましたものの、家につづく小径（こみち）の砂（すな）を白（しろ）く照（て）らし出しておりました。3-44-5-17それにしても、茂（しげ）みの暗闇（くらやみ）までは月の光が射（さ）さないので、そこにひそんでいれば見つかる心配（しんぱい）はございません。 3-44-5-18わたくしは、ビルフォールが、きっとそのそばを通るにちがいないと思われる茂みの下（した）に身をかくしました。3-44-5-19ところが、そこに身をかくすかかくさないうちに、頭（あたま）の上に枝（えだ）をしなわせている風のそよぎのなかに、なにやら呻（うめ）き声（ごえ）のようなものを聞きつけました。3-44-5-20伯爵、御存じでもございましょうが、いや、或いはこんなことは御存じないかもしれませんが、人を殺そうと待っている人間には、ふとあたりに、低い叫び声（さけびごえ）が聞こえたように思われるものでございます。3-44-5-21わたくしには、同じような呻きが、幾（いく）たびとなく聞こえたように思いました。3-44-5-22その間（あいだ）に、二時間（にじかん）という時（とき）がたっていました。3-44-5-23そして、十二時が鳴（な）りました。 3-44-5-24その最後（さいご）の響（ひび）きが、まだ淋（さび）しく鳴り渡っているうちに、さっき、あなたさまとごいっしょに降りました、あの非常口（ひじょうぐち）のところに、明りの射（さ）すのが見えました。3-44-5-25戸（と）があくと、外套（がいとう）を着（き）ていた男は、ふたたび姿（すがた）をあらわしました。3-44-5-26それは、怖（おそ）ろしい瞬間（しゅんかん）でございました。3-44-5-27しかし、ずっと前から心を定（さだ）めてこの時を待っていましたので、いまさら気が弱くなりもしませんでした。3-44-5-28わたくしは、短刀を取り出し、鞘（さや）を払（はら）って身（み）がまえました。 3-44-5-29外套を着た男は、真っ直（まっす）ぐにわたくしの方へ歩いてきます。3-44-5-30ところが、明るくなったところを進んで来るのを見ているうちに、右手（みぎて）に武器（ぶき）を持っているように思いました。3-44-5-31わたくしは、おそろしく思いました。3-44-5-32それは、闘（たたか）うのをおそろしく思ったのではございません。3-44-5-33あるいは本望（ほんもう）の遂（と）げられないのを、おそろしく思ったのでございました。3-44-5-34ところが、男がすぐ前までやってきましたとき、はじめてすっかりわかりました。3-44-5-35武器だと思っていたのは、それは鍬（くわ）だったのでございます。 3-44-5-36わたくしには、ビルフォールが、なんの目的（もくてき）で鍬を持っているのかわかりませんでした。3-44-5-37ところが、やつは、植込（うえこ）みのところで足を止めますと、ちょっとあたりを見まわしたのち、地面（じめん）に穴（あな）を掘（ほ）りはじめました。3-44-5-38ちょうどそのとき、あいつが、仕事（しごと）の邪魔（じゃま）になるところから、芝生（しばふ）の上に置（お）いた外套（がいとう）の下に、なにかあるのが見えました。3-44-5-39こうしたことになりましたので、正直（しょうじき）のところ、憎（にく）いと思う気持（きもち）には、いささかの好奇心（こうきしん）がまじってきました。3-44-5-40いったいビルフォールが、ここへ何をしにきたのだろう？3-44-5-41わたくしは、それが知りたくなりました。3-44-5-42そして、息（いき）を殺（ころ）して待っていました。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/18