４３（１）オートイユの ４３（１）オートイユの
| 3-43-1-1モンテ・クリスト伯は、ベルツッチオが、車寄（くるまよ）せをおりる前に、コルシカ人のするように拇指（おやゆび）で空（くう）に十字（じゅうじ）を切り、そして、馬車に乗ったあとでも、低（ひく）い声で短（みじか）い祈（いの）りを口（くち）ずさんだのを見て取った。3-43-1-2もしこれが、好奇心（こうきしん）に富（と）んだ人でなかったら、急に思い立って郊外（こうがい）へ出かけるにあたり、実直（じっちょく）な家令が、色（いろ）にまであらわしてそれを嫌（きら）ったふしぎな気持（きもち）を、ただ気の毒なくらいに考えたにちがいなかった。3-43-1-3ところが、伯爵は、まさに好奇心に富んだ人物（じんぶつ）と見えて、ベルツッチオに向かって、行（い）かないでもいいとはどんなことがあっても言わなかった。3-43-1-4二十分（にじゅっぷん）もすると、馬車はオートィユについた。 3-43-1-5家令の胸騒（むなさわ）ぎは、ただただ高（たか）まるばかりだった。3-43-1-6村（むら）にはいると、ベルツッチオは、車（くるま）の片隅（かたすみ）に小さくなって、『おどおど』しながら、両側（りょうがわ）の家（いえ）に目をくばりはじめていた。3-43-1-7「ラ・フォンテーヌ町（ちょう）の二十八番地（にじゅうはちばんち）でとめさせるのだ」。3-43-1-8伯爵は、こう家令に命令（めいれい）しながら、情（なさ）け容赦（ようしゃ）のないい目を、彼の上にじっと見据（みす）えていた。3-43-1-9ベルツッチオの顔（かお）には汗（あせ）がにじんでいた。3-43-1-10だが、その命令を承（うけたまわ）ると、馬車の外（そと）へ身（み）を乗（の）り出（だ）し、馭者（ぎょしゃ）に向かって叫んだ。3-43-1-11「ラ・フォンテーヌ町の二十八番地」。 3-43-1-12その二十八番地は村（むら）はずれにあった。3-43-1-13車が走っているうちに、日はすでに暮れてしまっていた。3-43-1-14というより、じつは稲妻（いなずま）をはためかせている雲（くも）がすっかり空（そら）をおおっていて、それが、いつもより早くおそった闇（やみ）にたいして、なにやら劇的（げきてき）なできごとの予感（よかん）とか、おごそかさとかいったようなものを感（かん）じさせていた。3-43-1-15馬車が止（と）まった。3-43-1-16馭者（ぎょしゃ）は、車の扉（とびら）のところへとんできて、それを開（あ）けた。3-43-1-17「どうした！お前はおりないのか、ベルツッチオ？」と、伯爵は言った。3-43-1-18「では、車のなかに残（のこ）っているつもりか？3-43-1-19いったい今夜（こんや）、なにを考えてるんだ？」。 3-43-1-20ベルツッチオは、車から出（で）ると、伯爵の方（ほう）へ肩（かた）を出（だ）した。3-43-1-21伯爵は、その肩によりかかりながら、三段（さんだん）になった車の踏（ふ）み台（だい）を一つ（ひとつ）一つ降（お）りた。3-43-1-22「戸（と）を叩（たた）いて、わたしがきたことを知らせてもらおう」と、伯爵は言った。3-43-1-23ベルツッチオは戸を叩いた。3-43-1-24戸が開いて、門番（もんばん）が顔を出（だ）した。3-43-1-25そして、「なんの御用（ごよう）でございます？」と、たずねた。3-43-1-26「爺（じい）さん。今度（こんど）の御主人（ごしゅじん）さまがお出（い）でになったんだよ」と、馭者が言った。3-43-1-27そして、公証人（こうしょうにん）からもらった承認書（しょうにんしょ）をつきつけた。 3-43-1-28「では、このお邸（やしき）は売（う）れたんでごじますか？」と門番がたずねた。3-43-1-29「で、この旦那（だんな）さまがこれからお住（す）まいになりますんで？」。3-43-1-30「そうなんだ」と、伯爵は言った。3-43-1-31「お前が、前の御主人（ごしゅじん）のことばかり思い出さないですむように、じゅうぶん目をかけてあげるつもりだ」。3-43-1-32「いえ、旦那さま」と、門番は言った。3-43-1-33「前のご主人様のことなぞ、大（たい）して思い出したりは致（いた）しません。3-43-1-34お見えになるのは、とても稀（まれ）でございまして。3-43-1-35もう五年も前から、『とんと』お見えになりませんでした。3-43-1-36お持ちになっていらしってもなんの足（た）しにもならないお邸でして。3-43-1-37お売りになってほんとうにいいことをなさいました」。 3-43-1-38「ところで、前の御主人は、なんとおっしゃる方（かた）なんだね？」と、モンテ・クリスト伯はたずねた。3-43-1-39「ド・サン・メラン侯爵（こうしゃく）」さまとおっしゃいました。3-43-1-40ずいぶんお金（かね）をおかけでしたが、それだけには売れなかったことでございましょう」。3-43-1-41「サン・メラン侯爵！」とモンテ・クリスト伯はつぶやいた。3-43-1-42「知らない名でもなさそうだが」と、伯爵は言った。3-43-1-43そして、「サン・メラン侯爵・・・・」と記憶（きおく）をさぐっているようだった。3-43-1-44「お齢（とし：歳）を召（め）した殿（との）さまで、ブルボン家（け）に忠義（ちゅうぎ）をおつくしになったお方（かた）でした」と、門番は言葉（ことば）をつづけた。3-43-1-45「一粒種（ひとつぶだね）のお姫（ひめ）さまがおありでしたが、はじめはニームの、それからマルセイユの検事（けんじ）をおつとめになったビルフォールさまのところへおかたづきになりました」。 3-43-1-46伯爵が、『じろり』とながめると、ベルツッチオは、倒（たお）れまいとしてもたれかかっていた壁（かべ）の色よりも青ざめていた。3-43-1-47「で、その御息女（ごそくじょ）はおなくなりにならなかったか？」と、モンテ・クリスト伯がたずねた。3-43-1-48「そんな噂（うわさ）を聞（き）いたように思うのだが」。3-43-1-49「はい、二十一年前におかくれになりました。3-43-1-50その時以来（いらい）、お気の毒な侯爵さまは、三度（さんど）とは御越（おこし）しになりませんでした」。 3-43-1-51「ありがとう！ありがとう！」。3-43-1-52モンテクリスト伯は、喪心（そうしん）したような家令の態度（たいど）から考えて、これ以上綱（つな）を引（ひ）けば切（き）れる恐（おそ）れのあることを察（さっ）した。3-43-1-53「爺（じい）さん。明（あか）りをかしてもらおうか」。3-43-1-54「御案内（ごあんない）いたしましょうか？」。3-43-1-55「いや、それには及（およ）ばない。3-43-1-56ベルツッチオが明りを見せてくれるだろうから」。3-43-1-57そう言いながら、二枚の金貨（きんか）を門番にやった。3-43-1-58それをもらった門番は、礼（れい）を言うやら溜息（ためいき）をつくやらのさわぎだった。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/16