４２（２）ブローニュの森の家

　４２（２）ブローニュの森(もり)の家(いえ)

3-42-2-1「そのオートィユというのはどのへんですな？」と、モンテ・クリスト伯がたずねた。3-42-2-2「すぐ近（ちか）くでございます」と、公証人（こうしょうにん）が言った。3-42-2-3「パッシーの少（すこ）しむこうで、ブウローニュの森（もり）のなかの、じつにけっこうな所（ところ）でございまして」。3-42-2-4「そんな近くですか！」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-42-2-5「してみると、田舎（いなか）ではないじゃないか。3-42-2-6ベルツッチオ、お前（まえ）、またどうしてパリ近くの家（いえ）なんぞ選（えら）んだんだ？」。3-42-2-7「わたくしが、とおっしゃいますか！」と、異様（いよう）にせきこみながら家令（かれい）が叫（さけ）んだ。3-42-2-8「いえ、その家の御選定（ごせんてい）は、わたくしにお申（もう）しつけだったのではございません。3-42-2-9お思（おも）い出（だ）しになってくださいまし。3-42-2-10御記憶（ごきおく）をお探（さぐ）りくださいまし」。

3-42-2-11「そうそう、お前の言うとおりだ」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-42-2-12「思い出したよ。3-42-2-13わたしが、新聞（しんぶん）の広告（こうこく）で読（よ）んだのだ。3-42-2-14そして、別荘（べっそう）という名（な）にだまされたのだ」。3-42-2-15「まだ遅（おそ）くはございません」と、ベルツッチオはせきこんで言った。3-42-2-16「ほかにさがせとおっしゃいますなら、アンギャンでもフォントネー・オー・ローズでも、ベルビュウでも、申しぶんのない家をおさがし申すことにいたしますが」。3-42-2-17「せっかく見つかったものなんだ。3-42-2-18やっぱりその家にしておこうよ」と、モンテ・クリスト伯は、むぞうさに言った。

3-42-2-19「ごもっともでございます」と、自分（じぶん）の報酬（ほうしゅう）の『ふい』になるのを恐（おそ）れて、公証人があわてて言った。3-42-2-20「けっこうなところでございますよ。3-42-2-21噴水（ふんすい）もあり、木（き）も茂（しげ）っており、長（なが）いことそのままになっておりましたが、建物（たてもの）もなかなか住（す）み心地（すみごこち）よくできております。3-42-2-22そのうえ、家具類（かぐるい）も古（ふる）くはございますが、なにしろ古物（こぶつ）が珍重（ちんちょう）されます昨今（さっこん）、なおさら価値（かち）がございましてな。3-42-2-23いや、これは失礼（しつれい）なことを申しました。3-42-2-24伯爵さまは、やはり近頃（ちかごろ）のものがお好（す）きのようにお見うけしますが」。

3-42-2-25「どうかかまわずに言ってください」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-42-2-26「で、まず一（いち）おうは住めるような家ですな？」。3-42-2-27「ええええ、そのだんではございません。3-42-2-28どうしてどうしてりっぱなもので！」。3-42-2-29「よろしい！3-42-2-30そうした掘出し物（ほりだしもの）をのがしてはいけない」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-42-2-31「公証人さん、契約書（けいやくしょ）をお願（ねが）いできますかな？」。3-42-2-32こう言った伯爵は、証書面（しょうしょめん）にある家の所在地（しょざいち）と、所有者（しょゆうしゃ）の氏名（しめい）の書いてあるところをたしかめたあとで、それに『すらすら』署名（しょめい）した。

3-42-2-33「ベルツッチオ、五万五千フラン（およそ５，５００万円）差（さ）し上（あ）げてくれ」と、伯爵は言った。3-42-2-34家令は、よろめく足（あし）をふみしめながら出ていったが、やがて紙幣（しへい）のたばを持（も）ってもどってきた。3-42-2-35公証人は、適法（てきほう）な取引（とりひき）のすんだ後（あと）でなければ、金（かね）を受取（うけと）らない習慣（しゅうかん）らしく、その紙幣のたばを勘定（かんじょう）した。3-42-2-36「では、これですっかり手続（てつづ）きがすみましたか？」と、伯爵がたずねた。3-42-2-37「いっさいすみました」。3-42-2-38「鍵（かぎ）を持（も）っておいでですか？」。3-42-2-39「鍵は、家番（いえばん）をしている門番（もんばん）のところにございます。3-42-2-40ここに、あなたさまがお引（ひ）きうつりになるからと申（もう）す手紙（てがみ）をしたためておきました」。
3-42-2-41「けっこう」。
3-42-2-42モンテ・クリスト伯は、公証人に向（む）かって、《もうあなたとの件（けん）はすみました。3-42-2-43お帰りくださってけっこうです》と、いったような合図（あいず）をした。3-42-2-44「でも」と、正直（しょうじき）一途（いっと）な公証人はおそるおそる言った。3-42-2-45「どうやらお考（かんが）えちがいをしておいでのように思われますが、全部（ぜんぶ）で五万フランでよろしいのですが」。
3-42-2-46「あなたへの御礼（おれい）は？」。
3-42-2-47「ちゃんとそのなかに含（ふく）まれております」。
3-42-2-48「でもオートィユからここまでおいでくだすったのではありませんか？」。
3-42-2-49「さようでございます」。
3-42-2-50「それならそれで、車代（くるまだい）をさしあげなければなりますまい」、伯爵はそう言いながら、帰ってよろしいと合図をした。
3-42-2-51公証人は後（あと）ずさりしながら、地面（じめん）に着（つ）くほど頭（あたま）をさげて出（で）て行（い）った。3-42-2-52公証人商売（しょうばい）をはじめて以来（「いらい）、こんな客（きゃく）に出会（であ）ったことは、後（あと）にも先（さき）にもはじめてだった。
3-42-2-53「お送（おく）り申してくれ」と、伯爵はベルツッチオに言った。3-42-2-54家令は、公証人について室（しつ）を出て行った。

ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/16　