４１（６）彼(かれ)は何(なに)しにパリに？

3-41-6-1「モンテ・クリスト伯（はく）っていう名前（なまえ）、あれはいったい、どういう名前かしら？」。3-41-6-2下僕（げぼく）が、いちばん最後（さいご）の花瓶（かびん）を下（さ）げて行ったとき、伯爵夫人（＝メルセデス）がこうたずねた。3-41-6-3「あれは御苗字（ご・みょうじ）なの？3-41-6-4お国（くに）の名（な）？3-41-6-5それともただの肩書（かたがき）」なの？」。 3-41-6-6「肩書でしょう。3-41-6-7ただそれだけのことでしょう。3-41-6-8伯爵は、トスカナ群島（ぐんとう）にある島（しま）を一つお買いになったのでした。3-41-6-9そして、今朝（けさ）自分からお話だったところでは、そうやって伯爵家（はくしゃく・け）を作られたとかいうことです。3-41-6-10御存（ごぞん）じのように、フィレンツェのサン・テティエンヌ勲章（くんしょう）にしても、パルマのサン・ジョルジュ・コンスタンチニエン勲章にしても、マルタ勲章にしても、おなじようにして手に入れることができるのですから。3-41-6-11もっとも、伯爵は、貴族（きぞく）にあこがれるといった気持（きもち）は、毛頭（もうとう）持っておられません。3-41-6-12ローマでの噂（うわさ）では、非常（ひじょう）に身分（みぶん）の高い貴族であるとかいうことでしたが、御自分では、ほんの出来星（できぼし：Ｗｅｂ検索：にわかに出世したり、金持ちになったりすること）の伯爵にすぎないといつも言っておいでなのです」。 3-41-6-13「ここにおいでのちょっとのあいだ、お見受（みうけ）け申したところだけでも、起居（ききょ：Ｗｅｂ検索：立ったり，座ったりすること。転じて，日常の生活）ふるまい、なかなか立派（りっぱ）なお方のようね」と、伯爵夫人が言った。3-41-6-14「ええ、ええ、一点（いってん）非（ひ）の打（う）ちどころのない方（かた）なんです。3-41-6-15僕（ぼく）の知ったかぎりにおいて、ヨーロッパでいちばん尊敬（そんけい）をあつめている、イギリス、スペイン、ドイツの貴族社会で、いちばん貴族らしい人たちより、ずっと立ちまさっておいででしょう」。3-41-6-16伯爵夫人は、しばらく考（かんが）えているようだった。3-41-6-17だが、ちょっとためらったあとで言葉をつづけた。 3-41-6-18「アルベール、これはお母さんとしてのおたずねだけれど、あなたは、モンテ・クリスト伯爵が御自分のところにおいでのところをごらんだったのね。3-41-6-19あなたには、物（もの）を見（み）とおす力（ちから）がおありなんだし、ひとさまのことが相当（そうとう）わかるし、おなじ年（とし）ごろの人にくらべて勘（かん）もきいていると思うんだけれど、伯爵は、お見うけしたとおりのお方（かた）かしら？」。3-41-6-20「見うけるとおりといいますと？」。3-41-6-21「いま、あなたが言っていたように、りっぱな貴族のお生まれかしら？」。3-41-6-22「僕はただ、みんなの言っているとおりを申しあげただけなんです」。3-41-6-23「でも、アルベール、あなた自身としてはどう思って？」。 3-41-6-24「正直（しょうじき）なところ、べつにどう思ってもいないんです。3-41-6-25でも、マルタ生まれとだけは思っています」。3-41-6-26「お生まれをきいているんじゃないのよ。3-41-6-27あの方（かた）御自身のことをきいているのよ」。3-41-6-28「そうでしたか。3-41-6-29そうだとすると、話はべつです。3-41-6-30あの方については、いろいろふしぎな事実（じじつ）を見せられました。3-41-6-31率直（そっちょく）に言えば、大きな不幸（ふこう）によって、宿命（しゅくめい）の烙印（らくいん）をされたバイロンの作中（さくちゅう）人物（じんぶつ）とでも言いましょうか。3-41-6-32マンフレッド（バイロン作中の人物）であるとか、ララ（同上）であるとか、ウェルネルであるとかいったような。 3-41-6-33つまり古い家柄（いえがら）の人ではあっても、落魄（らくはく：落ちぶれる）して、祖先（そせん）からの財産（ざいさん）をなくしてしまい、あとは自分の冒険的（ぼうけんてき）な腕一本（うでいっぽん）で財産（ざいさん）を築（きず）き上げ、それによって、社会（しゃかい）の掟（おきて）の上に超然（ちょうぜん）としている人とでも言いましょうか」。3-41-6-34「なんですって？」。3-41-6-35「モンテ・クリストというのは、地中海（ちちゅうかい）の真っ只中（まっただなか）にある一つの島です。3-41-6-36そこには、住民も、島を守る軍隊（ぐんたい）もいません。3-41-6-37ただ、ほうぼうの国の密輸入者（みつゆにゅうしゃ）や海賊（かいぞく）たちの、かくれ家（が）になっている島（しま）なのです。3-41-6-38そういう見上（みあ）げた商売（しょうばい）の連中（れんちゅう）が、かくまってもらえたお礼（れい）として、そこの領主（りょうしゅ）に、税金（ぜいきん）を納（おさ）めていないものとも言えますまい」。 3-41-6-39「そんなことかもしれないわね？」と、夫人（ふじん）は、思いふけったようすで答えた。3-41-6-40「でも、」と、青年はつづけた。3-41-6-41「密輸入者であろうがあるまいが、お母さんもお会いになっておわかりだったと思いますが、伯爵は、きわめて非凡（ひぼん）な人物（じんぶつ）で、パリの社交界（しゃこうかい）でも、かなりもてはやされることでしょう。3-41-6-42げんに、今朝（けさ）なども、僕のところで、社交界（しゃこうかい）への第一歩（だいいっぽ）として、あのシャトー・ルノーに舌（した）を捲（ま）かせさえしたのでした」。 3-41-6-43「いったい、お幾（いく）つぐらいかしら？」。3-41-6-44夫人は、明らかに、この問（と）いに大きな期待（きたい）をかけているらしかった。3-41-6-45「三十五、六（さんじゅうごろく）とにらんでいますが」。3-41-6-46「そんなにお若（わか）い！3-41-6-47まさか」。3-41-6-48夫人は、アルベールの言（い）った言葉（ことば）と、自分（じぶん）の考（かんが）えていたところに答（こた）えるかのように言った。3-41-6-49「ほんとうですとも。3-41-6-50三度（さんど）か四度（よんど）、あのころは五（いつ）つだったとか、あのころは十（じゅう）だったとか、十二だったとか、それも前もって考えたりしないで言われたことがありました。3-41-6-51僕もそうしたことに興味（きょうみ）をもって、年（とし）を繰（く）ってみたのですが、いつも『ぴったり』合っていました。3-41-6-52で、齢（よわい）なぞないようなあのふしぎな人物、あの方は、たしかに三十五だと思います。3-41-6-53それに、ほら、いきいきした眼（め）をしておいでですし、髪（かみ）も黒（くろ）いし、顔色（かおいろ）だけは青（あお）いにしても、額（ひたい）に一本の皺（しわ）もありませんし。3-41-6-54体ががっしりしておいでというだけでなく、お齢（とし）も若いと思うのです」。3-41-6-55伯爵夫人は、湧（わ）き上がってくる苦しい思いに、さも堪（た）えかねるといったように頭（あたま）を垂（た）れた。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/14