４１（２）モルセール ４１（２）モルセール
| 3-41-2-1「で伯爵、」と、アルベールは言った。3-41-2-2「これで、わたしの宝（たから）をすべてごらんに入れたことになります。3-41-2-3つまらないものではございますが、、お望みでしたら、なんなりとさしあげたいと思っております。3-41-2-4お宅（たく）においでになるときと、まったく同じ気持でおいでください。3-41-2-5そして、さらにお気軽（きがる）になっていただくため、父のところへお伴（とも）をさせていただきます。3-41-2-6じつは、いろいろお世話になったことを、ローマから手紙で知らせて置きました。3-41-2-7それに、お訪（たず）ねくださるとお約束くだすったことも申してあります。3-41-2-8そういうわけで、父も母も、お礼を申しあげたいと、今日の来るのを待っておりました。 3-41-2-9あなたが、どんなことにもお飽（あ）きであることはわかっております。3-41-2-10しかも、家庭（かてい）生活（せいかつ）といったようなもののごとき、船乗（ふなの）りシンドバッドを名乗（なの）っておいでのあなたにとって、大（たい）したものではございますまい。3-41-2-11すでに、いろいろなことを御経験（ごけいけん）のことでございましょう。3-41-2-12ただ、こうしたわたしのおねがいを、何から何まで儀礼（ぎれい）と訪問（ほうもん）と紹介とから成り立っているパリ生活への第一歩（だいいっぽ）とでも思召（おぼしめ）して、御承引（ごしょういん：しょうちして引き受けること）いただきたいと思っております」。 3-41-2-13モンテ・クリスト伯は、なにも答えずに頭をさげた。3-41-2-14そこには、なんの感激もなく、といってべつにそれを拒（こば）むというでもなく、ただ人としてまもらなければならない社会上の約束として、それ（父母に会うこと）を承諾したというふうだった。3-41-2-15アルベールは、下僕（げぼく）を呼び、モンテ・クリスト伯爵が訪ねて見えることをモルセール夫妻のところへ知らせてやった。3-41-2-16アルベールと伯爵とは、下僕の後（あと）から歩いていった。 3-41-2-17控室（ひかえしつ）に差しかかると、客間（きゃくま）にはいる扉の上に、紋章（もんしょう）のついているのが目にはいった。3-41-2-18その物々しい飾りつけると、室の装飾（そうしょく）との調和（ちょうわ）によって、邸の主人が、この紋章をいかに重く見ているかが一目（ひとめ）でわかった。3-41-2-19モンテ・クリスト伯は、この紋章の前に足をとめ、注意深い眼差しでながめ入った。 3-41-2-20「群青（ぐんじょう）の地に、帯状（おびじょう）に七羽（しちわ）の金（きん）の『つぐみ』。3-41-2-21これがお宅の御紋章ですな？」と、彼はたずねた。 3-41-2-22「いろいろ紋章を知っておりますので、だいたいの見当（けんとう）だけはつくはずですが、じつは紋章学の内容にかけてはまったくの無智（むち）でして。3-41-2-23元来（がんらい）わたしは、サン・テティエンヌに采地（さいち：領地）をもっているというので、トスカナでしてもらった俄（にわか）作りの伯爵でして、旅にはそれが必要だとうるさいほど聞かされていませんでしたら、おそらく貴族などにはならなかったろうと思っています。3-41-2-24税関吏（ぜいかん・り）に調べられないためだけにでも、車の扉に何か附（つ）いていなければなりませんから。3-41-2-25こんなぶしつけなおたずねをおゆるしください」。 3-41-2-26「ぶしつけどころか」と、すっかり信じきっている率直（そっちょく）な調子（ちょうし）で、アルベールが言った。3-41-2-27「お察しのとおり、これは当家（とうけ）の紋章、すなわち父の祖先の紋章です。3-41-2-28ですが、ごらんのとおり、銀（ぎん）の塔（とう）と結び合わせになっているのが、母の祖先の紋章でして。3-41-2-29母方（ははがた）から申せば、わたしはスペイン系になっております。3-41-2-30しかし、モルセール家（け）のほうはフランス系で、噂（うわさ）によりますと、南フランスのいちばん古い家柄（いえがら）の一つだということでした。3-41-2-31「そうでしょうな」と、モンテ・クリスト伯は言葉をついだ。 3-41-2-32「『つぐみ』を見ればわかります。3-41-2-33聖地（エルサレム）遠征（えんせい）を企て、或いはそれに成功もおさめた武装をした巡礼者たちは、ほとんどみんな、或いは自分たちがそのために身をささげたしるしの十字架を紋章とし、或いは、その人たちが思い立ち、信仰の翼（よく：つばさ）に乗って成就（じょうじゅ）しようとした遠征のしるしに、渡り鳥を紋章にしました。3-41-2-34お父様の御先祖の中に、十字軍の一員（いちいん）だった方（かた）がおいででしょう。3-41-2-35聖王ルイの十字軍であたっとしても、まさに十三世紀の昔に遡（さかのぼ）りますな。3-41-2-36なかなかどうして大したものです」。 3-41-2-37「或いはそうかもしれません」と、アルベールが言った。3-41-2-38「父の居間（いま）のどこかに系図（けいず）があります。3-41-2-39それを見たらわかりましょう。3-41-2-40わたしも以前（いぜん）、その系図によって、オジエやジョークール（著者註：共に有名な系図学者）の説を参考にしながら、解釈（かいしゃく）して見ようとしたことがあります。3-41-2-41いまではもう、考えて見ようともいたしませんが。3-41-2-42しかし伯爵、これは案内役（あんないやく）として申しあげさせていただきますが、わが民主的な政府の下（もと）にありながら、近ごろは、そうしたことにかなり気がくばられはじめておりましてね」。 3-41-2-43「そうですか！3-41-2-44そうだとすれば、お国の政府にしても、到るところの建物の上に見うけられる、ああした系図的になんの意味もない二枚の札（著者註：R・Fというフランス共和国の文字を記した板）を立てたりするより、なにかもっと気のきいたものを過去のなかに求めたほうが賢明（けんめい）でしたな。3-41-2-45だが、子爵、あなたは、」と、アルベールとの話に返って、「あなたはお国の政府にくらべて、ずっとお仕合（しあわ）せでおいでですよ。3-41-2-46御紋章はじつにみごとで、いろいろな想像（そうぞう）を誘（さそ）い出してくれますから。3-41-2-47そうそう、あなたはプロバンス出でおいでと同時に、スペイン系でおいででしたな。3-41-2-48さっき拝見した御肖像が御本人そっくりといたしますと、あの気高（けだか）いカタロニアのご婦人のお顔が、いかにも美しい褐色（かっしょく）をしておいでだったことにさえ、なるほどそれと会得（えとく）できます」。 3-41-2-49表面（ひょうめん）慇懃（いんぎん）なこの言葉のなかに、伯爵の盛（も）りこんだ皮肉（ひにく）を知ろうと思えば、エディポスか、それともスフィンクス自身であることを必要としたにちがいない。3-41-2-50アルベールは、それにたいして、ただ微笑で答えただけだった。3-41-2-51そして案内をしようと、先に立ってドアをあけた。3-41-2-52そのドアは、その紋章の下に開かれており、それがさっきも言ったように、客間へ通じるドアだった。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2016/10/1、2017/6/16（空ページ）、2017/7/10