４０（６）お ４０（６）お
| 3-40-6-1「や、こいつは一風（いっぷう）変（かわ）っていますな！」と、思わずボーシャンが言った。3-40-6-2「しかも、きわめて貴族的（きぞくてき）だ」と、シャトー・ルノーがつけ加えた。3-40-6-3「ところで、あなたは、まだそのお住居（じゅうきょ）を御存じないというわけですか？」と、ドプレーがたずねた。3-40-6-4「知りません」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-40-6-5「さっきも申しあげましたとおり、わたしは時間に遅れたくないと思って、車のなかで身支度（みじたく）をととのえ、子爵の御門前（ごもんぜん）で車を降（お）りたというわけでして」。3-40-6-6青年たちは顔（かお）を見合（みあわ）わせた。3-40-6-7みんなには、モンテ・クリスト伯がお芝居（しばい）をやっているのではないかどうかがつかめなかった。 3-40-6-8だが、内容（ないよう）こそ奇抜（きばつ）であれ、この人（ひと）の口（くち）から出る言葉には、すべて嘘偽り（うそ・いつわり）とは思われないほどな率直（そっちょく）さが見られていた。3-40-6-9それにまた、なんで嘘（うそ）を言う必要があるだろう？ 3-40-6-10「では、」と、ボーシャンが言った。3-40-6-11「われわれとしては、こまごました御用（ごよう）に立つくらいが関（せき）の山（やま）だな。3-40-6-12僕（ぼく）は、新聞記者（しんぶんきしゃ）として、パリの劇場（げきじょう）という劇場の門（もん）を伯爵の前にお開き申すことにしようや」。3-40-6-13「ありがとうございますが、」と、モンテ・クリスト伯は微笑（びしょう）しながら言った。3-40-6-14「じつは、家令（かれい）に申し付けて、すでにほうぼうの劇場の桟敷（さじき）を取らせておきました」。3-40-6-15「その家令とおっしゃるのも、やはりヌビア人のおし（読者註：口の利けない人）なので？」と、ドプレーがたずねた。3-40-6-16「いや、あなたと同じお国（くに）の男なのです。3-40-6-17もっとも、コルシカ人をお国の男といえればですが。3-40-6-18アルベールさん、あなたはその男を御存じのはずです」。 3-40-6-19「では、窓（まど）を手に入れてくれたベルツッチオ君ではありませんか？」。3-40-6-20「そうなのです。3-40-6-21午餐（ごさん）にお招（まね）きしましたとき、わたしのところでお会いでしたな？3-40-6-22あれはきわめて好（よ）いやつで、しばらく兵隊（へいたい）にもいっており、いくらかは密輸入（みつゆにゅう）もやり、人間（にんげん）のすることでしたらなんでも少しずつやってのけた男でして。3-40-6-23もっとも、つまらぬ刃傷沙汰（にんじょうざた）をひきおこして、警察のごやっかいにもなりましたが」。3-40-6-24「では、伯爵は、そうした正直者（しょうじきもの）を家令にお選びだったというわけですか？」と、ドプレーが言った。 3-40-6-25「年々（ねんねん）どれくらいお盗（ぬす）まれになります？」。3-40-6-26「ところが、ほかの人間にくらべて、大してとりもしないのです。3-40-6-27それはわたしも信じております。3-40-6-28それに、よく尽（つく）してくれまして、なに一つできないことがありません。3-40-6-29それで使っているわけですが」。3-40-6-30「では、家を一軒（いっけん）お持ちになったというわけですな」と、シャトー・ルノーが言った。3-40-6-31「シャン・ゼリぜーにお邸（やしき）があって、下女下男（げじょ・げなん）もいれば、家令もいる。3-40-6-32つまり、おありにならないのは御愛妾（ごあいしょう）だけというわけですな」。 3-40-6-33アルベールは微笑した。3-40-6-34彼は、バルレ座とアルジャンチナ劇場で、伯爵の桟敷のなかで会ったギリシャ美人のことを思い出していた。3-40-6-35「もっと好いものを持っております」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-40-6-36「奴隷（どれい）です。3-40-6-37あなた方は、オペラ座とかボードビル座とかバリエテ座などから、金を出して愛人（あいじん）をお借（か）りになります。3-40-6-38わたしは、その女をコンスタンチノーブル（イスタンブール）で買いました。3-40-6-39高いものにつきましたが、けっきょく、こうしておいたら、ほかに心配がないわけでして」。 3-40-6-40「でもお忘（わす）れになってはいけませんぞ、」と、ドプレーが笑（わら）いながら言った。3-40-6-41「われわれは、シャルル王（おう）の言われたように、名前（なまえ）もフランク（フランス人）性質（せいしつ）もフランク（淡泊率直）。3-40-6-42フランスに足をおふみ入れになった以上、あなたの奴隷（どれい）も自由（じゆう）になったというわけですから」。3-40-6-43「ところで、誰がそんなことをあれに教えてやれましょう？」と、モンテ・クリスト伯がたずねた。3-40-6-44「さあ、誰であろうとかまいますまい」。 3-40-6-45「ところが、女はロマイク語（著者註：近世ギリシャ語）しか話せませんよ」。3-40-6-46「そうなると、話は変ってくるわけですな」。3-40-6-47「でも、お目にかからせてはいただけましょうな？」と、ボーシャンがたずねた。3-40-6-48「もっとも、すでにおし（読者註：口の利けない人）までお使いということでしたら、ことによると宦官（かんがん）までもお使いなのかもしれませんが？」。3-40-6-49「まさか、」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-40-6-50「そこまで東洋風（読者註：トルコ文化）にはしていませんので。3-40-6-51身のまわりの者たちは、すべて、自由にやめていいことにしてやっております。3-40-6-52そして、やめたあとでは、わたしのやっかいにも、ほかの誰のやっかいにもならないですむようにしてやっております。3-40-6-53それがまた、出て行かないことにもなるのでしょうが」。 3-40-6-54よほど前から、食事はデザートに移っていて、葉巻（はまき：タバコの一種）が出された。3-40-6-55「君、」と、ドプレーは立ち上がりながら言った。3-40-6-56「もう二時半だ。3-40-6-57お客さまはいい方（かた）だ。3-40-6-58だが、どんなに楽しいお相手（あいて）でも、いずれはお別れしなければね。3-40-6-59たとえ、つまらないやつらのところへ行くにしてもさ、役所（やくしょ）へ帰っていかなければ。3-40-6-60伯爵のことは、僕から大臣（だいじん）に話しておく。3-40-6-61それにしても、どういうお方（かた）か、しっかり知っておかないとね」。3-40-6-62「気をつけたまえ」と、アルベールが言った。3-40-6-63「腕（うで）達者（たっしゃ）な連中（れんちゅう）が、みんなさじを投げてるんだから」。3-40-6-64「なあに！三百万（読者註：フランなら３０億円）も操作（そうさ）費用があるんだから。3-40-6-65もっとも、いつもその前に使（著者は「費」）ってしまってはいるわけだが。3-40-6-66でも、そんなことはどうでもいい。3-40-6-67五万フラン（読者註：５，０００万円）くらいはいつもある」。3-40-6-68「どんな人だかわかったら、僕にも知らしてくれるだろうな？」。3-40-6-69「承知（しょうち）した。3-40-6-70さようなら、アルベール君。3-40-6-71みなさん、失礼（しつれい）」。3-40-6-72そして、室を出るなり、ドプレーは次の間（ま）へ行って声高（こわだか）く叫んだ。3-40-6-73「車（くるま）だ！」。 3-40-6-74「そうだ！」と、ボーシャンはアルベールに言った。3-40-6-75「議会（ぎかい）へ行くのはやめにしよう。3-40-6-76読者（どくしゃ）には、ダングラール氏の演説（えんぜつ）以上（いじょう）のものを提供（ていきょう）できるというわけだから」。3-40-6-77「後生（ごしょう：同情心に訴えてこいねがうときに使う語）だ、ボーシャン」と、アルベールが言った。3-40-6-78「頼（たの）むから一言（ひとこと）も書いてくれるな。3-40-6-79伯爵の紹介（しょうかい）と説明（せつめい）にかけては、僕（ぼく）に花（はな）を持たせてくれろよ。3-40-6-80それにしても、ずいぶん変った人だろう？」。 3-40-6-81「変ってるどころのさわぎじゃないや」と、シャトー・ルノーが答えた。3-40-6-82「いままで会ったなかで、いちばん非凡（ひぼん）な人間（にんげん）だ。3-40-6-83モレル君、出かけましょうか？」。3-40-6-84「ちょっと伯爵に名刺（めいし）をさしあげてきますから。3-40-6-85メスレ町十四番地の家へお訪（たず）ねくださるというお話なので」。3-40-6-86「たしかにお訪ねいたしますよ」と、会釈（えしゃく）しながら伯爵が言った。3-40-6-87マクシミリヤン・モレルは、モンテ・クリスト伯をアルベールのそばに残して、シャトー・ルノー男爵といっしょに出ていった。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/6/15