４０（５）パリでの ４０（５）パリでの
| 3-40-5-1「ええ、」と、微笑（ほほえ）みながら青年（せいねん）が言った。3-40-5-2「ありはしますが、みなさんからのけっこうなお勧（すす）めもあり、そのどれかにお決（きめ）になるのをお待ちしていたというわけなので。3-40-5-3しかし、御返事のないところから考えて、わたしは、妹（いもうと）が一年前からメスレー町に借（か）りている、さっぱりした、ポンパドウールふうの小さな邸（てい：やしき）の中の住居（じゅうきょ）をお勧（すす）めしたいと思うのですが」。3-40-5-4「あなた、御姉妹（ごしまい）がおありですか？」と、モンテ・クリスト伯がたずねた。3-40-5-5「はい、気立（きだ）てのいい妹（いもうと）が一人（ひとり）」。3-40-5-6「もう御結婚（ごけっこん）になりましたか？」。3-40-5-7「かれこれ九年になりましょうか」。 3-40-5-8「お仕合（しあわ）せにお暮（く）らしですか？」と、ふたたび伯爵がたずねた。3-40-5-9「人間（にんげん）としてゆるされるかぎり、まあ、仕合せにやっております」と、大尉（たいい）が答えた。3-40-5-10「自分の愛している、そして、わたしの家が悲境（ひきょう）に陥（おちい）ったときも引きつづき誠実（せいじつ）に尽（つく）してくれた一人の男と結婚しました。3-40-5-11エマニュエル・エルボーと申しますが」。3-40-5-12伯爵は、目に見えぬほどの微笑（びしょう）を浮（う）かべた。3-40-5-13「わたくしも、六ヶ月の営外居住（えいがい・きょじゅう）をゆるされているあいだ、そのお家へいって暮らしております」と、大尉はつづけた。3-40-5-14「義弟（ぎてい）のエマニュエル同様、御用（ごよう）のときは、なんでも御相談（ごそうだん）におのりしましょう」。 3-40-5-15「ちょっとお待ちいただきます！」と、モンテ・クリスト伯が答える暇（ひま）もないうちにアルベールが叫（さけ）んだ。3-40-5-16「モレルさん、ちょっと御注意（ごちゅうい）が必要（ひつよう）ですな。3-40-5-17あなたは、旅（たび）の方（かた）、船乗りシンドバッドとおっしゃるような方を、家庭（かてい）の中に閉じこめてしまおうとなさるのですか？3-40-5-18パリ見物（けんぶつ）においでの方を、おじいさんあつかいになさろうとおっしゃるのですか？」。 3-40-5-19「いや、そんなことはありません」と、大尉は微笑を浮かべながら答えた。3-40-5-20「妹は二十五歳、義弟は三十、二人とも年（とし）は若いし、陽気（ようき）で、それに幸福（こうふく）に暮らしております。3-40-5-21伯爵にしても、御自分のお宅（たく）同様、気楽（きらく）にお暮らしになれるでしょう。3-40-5-22それに、伯爵のほうから、すすんで二人のところへ会いにおいでにならないかぎり、二人ともお会いにならずにすみましょうし」。 3-40-5-23「ありがとう、ありがとう」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-40-5-24「御紹介（ごしょうかい）くださいますなら、御夫妻（ごふうふ）にお目にかかるだけにとどめましょう。3-40-5-25ところで、せっかくのおすすめに従いかねるというわけは、じつは、もう住居（じゅうきょ）の支度（したく）もできていますので」。3-40-5-26「えっ！」と、アルベールが叫んだ。3-40-5-27「では、ホテルに泊ろうとおっしゃいますか？3-40-5-28ずいぶん不愉快（ふゆかい）だろうと思いますが」。 3-40-5-29「わたしは、ローマで、はたしてそれほど不愉快な生活をしておりましたかな？」と、モンテ・クリスト伯がききかえした。3-40-5-30「ローマでは、アパルトマンに道具（どうぐ）を入れさせるため、五万ピアストル（５０，０００Ｘ１０Ｘ１，０００＝５億円）ものお金をお使（つか：本は費）いでした」と、アルベールが言った。3-40-5-31「といって、毎日そんなに金（かね）をお費いのこととは思いませんが」。3-40-5-32「それで思いとどまっていたわけではないのですが、」と、モンテ・クリスト伯は答えた。3-40-5-33「わたしは、パリに、自分の家を一軒（いっけん）持つことにしました。3-40-5-34前もって、下僕（げぼく）を来（こ）させておいたので、もう家（いえ）も求（もと）め、道具（どうぐ）も入れさせてあるでしょう」。 3-40-5-35「では、パリをよく知っている下僕をお持ちというわけですか！」と、ボーシャンが叫んだ。3-40-5-36「わたし同様、フランスははじめての男（おとこ）なのです。3-40-5-37黒人（こくじん）で、口（くち）のきけない男でして」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-40-5-38「では、あのアリですか？」と、一同（いちどう）の驚（おどろ）きのうちにアルベールがたずねた。3-40-5-39「そうなのです。3-40-5-40わたしのお目をかけてやっている、ヌビア人のあの口のきけないアリなのです。3-40-5-41ローマでお会いになりましたな？」。3-40-5-42「ええ、ええ、」と、アルベールが答えた。3-40-5-43「『はっきり』覚えております。3-40-5-44でも、なぜまた、あのヌビア人にいパリで家を買わせたり、道具を入れさせたりなさいました？3-40-5-45とんでもないことになりはしまいかと思われますが」。 3-40-5-46「ところが、それはお考えちがいというわけで。3-40-5-47むしろ、わたしの趣味（しゅみ）にぴったりあったものを選んでくれたと思います。3-40-5-48御存じのとおり、わたしの趣味は一般の人とは違うのでして。3-40-5-49あの男は、一週間前に着きました。3-40-5-50おそらくひとりで、まるで獲物（えもの）を狩（か）りたてる屈強（くっきょう）な猟犬（りょうけん）とでもいうような鼻（はな）で、市中（しちゅう）を駆（か）けまわったことでしょう。3-40-5-51わたしのうつり気なこと、気まぐれなこと、わたしがなにを必要としているか、何から何まで呑（の）みこんでいまして。3-40-5-52わたしの気持ちどおり、万事（ばんじ）ととのえたことでしょう。 3-40-5-53で、今日（きょう）わたしが十時に着（つ）くことを知っていまして、フォンテヌブローの街道口（かいどうぐち）で、九時からわたしを待ちうけていまして、こうした紙片（しへん）を渡（わた）しました。3-40-5-54わたしの新居（しんきょ）の番地です。3-40-5-55ごらんください」。3-40-5-56こう言いながら、モンテ・クリスト伯は、紙片（しへん）をアルベールの手へ渡（わた）した。3-40-5-57「シャン・ゼリゼー。3-40-5-58三十番地」と、アルベールは読みあげた。 |
 |
| 次へ |
 |
ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2016/10/1、2017/6/12