３９（８）大尉、社交界(しゃこうかい)への招待(しょうたい)

3-39-8-1「そうそう、それに君の先祖（せんぞ）もアフリカへ出かけたことがあったっけ」と、アルベールは、相手（あいて）の心を迎（むか）えるように言った。3-39-8-2「だが、まさか、先祖のように、キリストの墓（はか）を救（すく）い出そうなんて思ったんではないだろう？」3-39-8-3「仰（おお）せのとおり」と、男爵（シャトー・ルノー）が言った。3-39-8-4「ただもの好（ず）きにピストル打（う）ちに行ったんだ。3-39-8-5君（きみ）も知ってることと思うが、或（あ）る事件の調停（ちょうてい）をたのんだ二人の立会人（たちあいにん）のやつが、僕にいやおうなしに親友（しんゆう）の一人の喉（のど）を撃（う）ち抜（ぬ）かせてからというもの、僕は決闘（けっとう）というものが嫌（いや）になってね。3-39-8-6その親友、そうだ、それこそ君（きみ）たちも知ってるフランツ・デピネーだったんだ！」。 3-39-8-7「そうそう、」と、ドプレーが言った、「いつか決闘したことがあったっけ・・・・事（こと）の起こりはなんだった？」。3-39-8-8「そんなことなんか忘（わす）れたいや！」と、シャトー・ルノーが言った。3-39-8-9「ただ、いまでも覚（おぼ）えているのは、これほどな腕（うで）まえを寝（ね）かしておくのは惜（お）しいと思って、ちょうどその頃（ころ）、人から贈（おく）られた新しい短銃（たんじゅう）を、アラビヤ人（じん）相手（あいて）にためして見ようと思ったんだ。3-39-8-10そこで、僕はオランまで船で行き、オランからコンスタンティーヌに着いた。3-39-8-11ところが、折（おり）から攻囲軍（こういぐん）が撤退（てったい）しようとしていたときで、僕もみんなといっしょに退却（たいきゃく）した。 3-39-8-12四十八時間というもの、昼は雨、夜は雪（ゆき）に悩（なや）まされたあげく、三日目（みっかめ）の朝になると、馬のやつ、寒（さむ）さにやられて死んでしまった。3-39-8-13厩舎（きゅうしゃ）にいるとき、いつも毛布（もうふ）を掛けてやったり、暖炉（だんろ）を入れてやったりしていたもんだから・・・・そのアラビヤ馬、アラビヤで、十度（１０℃）の寒さに出会（であ）ったため、いささか戸（と）まどってしまったっていうわけなんだ」。 3-39-8-14「それで、僕のイギリス馬を買おうとしているというわけだな？」と、ドプレーが言った。3-39-8-15「君のアラビヤ馬より、寒さに耐えるだろうと思ってだな？」。3-39-8-16「いやちがう。3-39-8-17というのは、ぼくはアフリカなんかへは二度といくまいと思ってるんだ」。3-39-8-18「するとよほど怖（おそ）ろしい目に会ったんだんな？」と、ボーシャンがたずねた。3-39-8-19「そのとおり」と、シャトー・ルノーが答えた。3-39-8-20「少なくも、そういう気になるだけのことがあった。3-39-8-21「いまもお話したとおり、馬が死んだので、僕は徒歩（とほ）で退却（たいきゃく）をつづけた。 3-39-8-22ところへ、六人のアラビヤ人（じん）が、僕の首（くび）をねらって馬を飛ばしてやって来たんだ。3-39-8-23そのうちの二人は小銃（しょうじゅう）で、ほかの二人（ふたり）は短銃（たんじゅう）で撃（う）ちたおしたが、まだ二人残っていた。3-39-8-24そして、僕は武器（ぶき）をとりあげられてしまった。3-39-8-25一人は、僕の髪（かみ）を引っつかむ−−−それで、いまでも髪を短くしているわけなんだが。3-39-8-26いつどんなことが起こらないともかぎらないから−−−も一人（ひとり）のやつは、頭に『ぴたり』　と太刀（たち）を当てる。3-39-8-27僕ははやくも、ひやりとした刀（かたな）の冷（つめ）たさを感じたな。 3-39-8-28ところでだ、ここにおいでの方（かた）が、二人を目がけておどりかかり、髪をつかんでいたほうのやつは短銃で、刀（かたな）で咽喉（のど）をやろうとしていたやつは脳天（のうてん）から『ばっさり』一打（ひとう）ち。3-39-8-29この方は、ちょうどその日、人を助ける心願（しんがん）を立てておいでだったということで、それがたまたま僕の爲（ため）だったっていうわけなんだ。3-39-8-30「金持になったら、クラグマンかマロケッティに、《偶然》の像（ぞう）でも造（つく）らせようと思ってるのさ」。3-39-8-31「そうでした」と、モレルはほほえみながら言った。 マクシミリヤンの心願 3-39-8-32「それは九月の五日（いつか）、わたしの父が奇蹟的（きせきてき）に救（すく）われた日と、年（とし）こそちがえ同じ日でした。3-39-8-33わたしは、自分にできる範囲（はんい）で、毎年（まいねん）その日を記念（きねん）するために何かすることにしていました・・・・」。3-39-8-34「どうだい、勇（いさ）ましいこったろう？」と、シャトー・ルノーが『くちばし』を入れた。3-39-8-35「要するに、僕は運（うん）よくその番（ばん）にあたったっていうわけなんだ。3-39-8-36だが、それだけじゃない。3-39-8-37刀の下から救われたうえに、寒（さむ）さからも救っていただいた。3-39-8-38それも、サン・マルタン（著者註：四世紀における慈悲の聖者。貧者にその外套を分ち与えしこｔごをもって聞こゆ）のように、外套（がいとう）半分（はんぶん）だけというんじゃない、外套をすっかりいただいたんだ。3-39-8-39それに、飢（う）えからも救っていただいた。3-39-8-40いったい、何をいただいたと思うかね？」。 3-39-8-41「フェリック亭（てい）の挽肉（ひきにく）かい？」と、ボーシャンがきいた。3-39-8-42「いいや、それが御自分の馬だったんだ。3-39-8-43その馬の肉を、お互い一切れずつ舌鼓（したつづみ）を打って食べたんだ。3-39-8-44たまらなかったな」。3-39-8-45「その馬の肉がか？」と、アルベールが笑いながらたずねた。3-39-8-46「いや、その犠牲的（いせいてき）精神（せいしん）というやつがだ」と、シャトー・ルノーが答えた。3-39-8-47「見も知らぬ男のために、自分のイギリス馬を犠牲にできるか、ひとつドプレーにでも聞いてもらおう」。3-39-8-48「見ず知らずの他人（たにん）だったらいざ知らず、親友（しんゆう）のためなら恐らくやってのけるだろうよ」と、ドプレーが言った。 3-39-8-49「男爵（だんしゃく）、わたしは、あなたが親友になってくださるにちがいないと思っていました」と、モレル大尉（たいい）が言った。3-39-8-50「それに、すでにお話しましたとおり、それは　武勇とか犠牲的精神とかの問題ではなく、あの日は、かつて幸運（こううん）がわたしたち一家（いっか）に示してくれた好意（こうい）に感謝するため、大きな不幸（ふこう）にたいして、なにか贈物（おくりもの）をしなければならない日にあたっていました」。 3-39-8-51「モレルさんがいまほのめかされたお話というのは、」と、シャトー・ルノーは語（ご）をつづけた。3-39-8-52「じつにすばらしい話なんだ。3-39-8-53だが、それは、もっとおちかずきになったあとで聞かせてくださることだろう。3-39-8-54ところで、今日（きょう）は、思い出よりも胃袋（いぶくろ）のほうを満（み）たすとしようや。3-39-8-55アルベール、何時（なんじ）に食事（しょくじ）ができるんだね？」。3-39-8-56「十時半」。 3-39-8-57「きっかりか？」と、ドプレーは、時計を出しながらたずねた。3-39-8-58「おねがいだ。3-39-8-59どうか五分（ごふん）だけ待ってもらおう」と、アルベールが言った。3-39-8-60「じつは僕も、命の恩人（おんじん）を待っているんだ」。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/6/1