３９（６）あと二人を待って

3-39-6-1「で、午餐（ごさん）に待（ま）ってるその人は、どういう種類（しゅるい）の人なんだね？」と、ドプレーが言った。3-39-6-2「貴族（きぞく）が一人（ひとり）と、外交家（がいこうか）が一人」と、アルベールが答えた。3-39-6-3「では、貴族のほうに『かれこれ』二時間、外交家のほうに『たっぷり』二時間は待たされるな。3-39-6-4僕は、デザート（食後のコーヒータイム）のころに帰って来ようや。3-39-6-5苺（いちご）と、コーヒーと、葉巻を残しておいてもらおう。3-39-6-6議会（ぎかい）でカツレツでも食って来ようや」。 3-39-6-7「そんなことの必要はないさ、ボーシャン君。3-39-6-8たとい、その貴族というのが、モンモランシーのような人だっても、またその外交官がメッテルニヒのような人だっても、『きっかり』十時半には食事（しょくじ）にするから。3-39-6-9それまでの間（あいだ）、ドプレーのように、ヘルスを飲んで、ビスケットでも食（く）っていろよ」。3-39-6-10「そうか、よかろう。それではいよう。3-39-6-11今朝は、なんとしてでも鬱（うっ）した気持を晴らさなくっちゃあ」。3-39-6-12「ははあ、君もドプレーと同じだな！3-39-6-13内閣（ないかく）がふさぎこんでいるときには、反対党（はんたいとう）のほうは浮（う）かれていていいと思うんだが」。 3-39-6-14「ふん、僕がなにを怖（おそ）れているかを知らないから、そんなことが言えるのさ。3-39-6-15君（きみ）、僕は、朝の間（あいだ）衆議院（しゅうぎいん）でダングラールの演説（えんぜつ）を聞かされ、夜は、その夫人のところで、あるフランス貴族の作った悲劇（ひげき）を拝聴（はいちょう）しなければならないんだ。3-39-6-16立憲（りっけん）政府（せいふ）なんかけし飛んじまえ、だ！3-39-6-17好きなほうを選べばいいのに、なんで立憲政府なんかを選んだのかな？」。3-39-6-18「わかった。君は、どうでも笑（わら）いを仕入（しい）れずにはいられない男だ」。3-39-6-19「ダングラールの演説（えんぜつ）の悪口（わるぐち）はいいかげんにしといてもらおう」と、ドプレーが言った。3-39-6-20「彼は君の味方（みかた）なんだぜ。反政府党（はんせいふとう）なんだぜ」。 3-39-6-21「だから困るっていうんだよ。3-39-6-22腹（はら）いっぱい笑ってやれるように、あの男の元老院（げんろういん：リュクサンプール）入りを待ってるわけだが」。3-39-6-23「君、」と、アルベールはボーシャンに言った。3-39-6-24「つまり、スペイン問題（もんだい）が片（かた）づいたんで、それで今朝（けさ）むかっ腹（ぱら）を立ててるってわけなんだな。3-39-6-25ところで『パリ往来（おうらい）』の欄（らん）に、僕とユージェニイ・ダングラール嬢（じょう）との結婚のことが出ているのを忘れないでほしいな。3-39-6-26したがって他日（たじつ）、『子爵（ししゃく）、わたしは娘に二百万フラン（２０億円）やりますよ』と言ってくれるであろう人の演説を、悪く言われてだまっているわけにはいかないからね」。 3-39-6-27「なにを言ってるんだ！」と、ボーシャンが言った。3-39-6-28「そんな結婚なんかできっこないさ。3-39-6-29なるほど王さまはあいつを男爵（だんしゃく）にすることもできた。3-39-6-30貴族にすることだってできるだろう。3-39-6-31だが、紳士（しんし）にすることはできないからな。3-39-6-32一ぽう（いっぽう）、君のお父さんのモルセール伯は、わずか二百万くらいのはした金（がね）で不釣合（ふつりあい）な結婚を承諾（しょうだく）するには、あまりに貴族的な家柄（いえがら）ときている。3-39-6-33モルセール子爵たるもの、侯爵（こうしゃく）家（け）の姫君（ひめぎみ）相手（あいて）でもなけりゃあ結婚してはいけないぜ」。 3-39-6-34「だが二百万と言えば、そうとうな金高（きんだか）だぜ」と、アルベールは言葉を続けた。3-39-6-35「大通（おおどお）りの劇場（げきじょう）か、植物園（しょくぶつえん）・ラ・ラペー間（かん）の鉄道（てつどう）会社（かいしゃ）あたりの資本額（しほんがく）だな」。3-39-6-36「言わしておけよ、アルベール」と、ドプレーは、気がなさそうに言った。3-39-6-37「どうせ君は、金（かね）ぶくろについている荷札（にふだ）と結婚する気なんだろう。3-39-6-38それならそれでかまうものかね！3-39-6-39その荷札の紋章（もんしょう）が、いささかありがたくないにしたって、その代わり、ゼロが一つよけいに附いてさえいたらけっこうだ。3-39-6-40君の家の紋には、『つぐみ』が七羽（ななわ）附いてるな。3-39-6-41その中の三羽（さんわ）を細君（さいくん：奥さま）に譲（ゆず：本は遣）るのさ。3-39-6-42それでもまだ四羽（よんわ）残っている。3-39-6-43『すんで』のことでフランス王になりそこね、しかも従兄弟（いとこ）はドイツ皇帝だったという、あのド・ギーズ氏にくらべると一羽（いちわ）多いや」。 3-39-6-44「なるほどね」と、アルベールは『ぼんやり』した返事をした。3-39-6-45「そうともさ！百万長者（ひゃくまんちょうじゃ：大金持のこと）なんてものは、私生児（しせいじ）みたいに誰でも貴族になっちまえるんだ。3-39-6-46なろうと思えばなれるのさ」。3-39-6-47「しっ！そんなことを言うもんじゃないぞ」と、笑いながらボーシャンが言った。3-39-6-48「シャトー・ルノーがやってきた。3-39-6-49あいつ、君の『あまのじゃく』をなおそうと思って、先祖（せんぞ）伝来（でんらい）のルノー・ド・モントーバンの剣で『ぶっつり』刺（さ）すかも知れないからな」。 3-39-6-50「そんなことをやりでもしたら、貴族の資格（しかく）がなくならあね」と、ドプレーが答えた。3-39-6-51「だって、僕は平民（へいみん）、取るにもたりない平民だからな」。3-39-6-52「妙（みょう）！」とボーシャンが叫んだ。3-39-6-53「お役人（やくにん）が、ベランジエー（有名なフランスの民衆的抒情（じょじょう：叙情：自分の感情を述べ表すこと））詩人）めいたことを歌い出したぞ。3-39-6-54これはいったいどうしたこった？」。3-39-6-55「ド・シャトー・ルノーさまとマクシミリヤン・モレルさまがお出でございます」と、下僕が二人の客（きゃく）のきたことを知らせた。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/6/1