３９（１１）ルスウェン卿談義

　３９（１１）ルスウェン卿(きょう)談義

3-39-11-1「いや、まったく」と、マクシミリヤンは、何か考えこんだようすで言った。3-39-11-2「わたしも、ペヌロンという年寄（としよ）りの船乗（ふなの）りの口（くち）から、いまアルベールさんのおっしゃったようなことを聞かされました」。3-39-11-3「これはこれは！3-39-11-4モレルさんからの助太刀（すけだち）で、僕も助かったというわけだ。3-39-11-5謎（なぞ）のような話のなかに、一道（いちどう）の光明（こうみょう）が射しこんだかたちで、どうだ君（きみ）たち、これで一言（いちごん）もないだろう？」。3-39-11-6「そりゃあ、君、」と、ドプレーが言った。3-39-11-7「君の話というのが、まるでありえないような話だからさ・・・・」。3-39-11-8「なんだと！3-39-11-9大使（たいし）や領事（りょうじ）たちから聞く話でないからっていうわけなのか？3-39-11-10やつらにはそれだけの暇（ひま）がないのさ。3-39-11-11旅に出ている同胞（どうほう）を、いじめるだけが手一杯（ていっぱい）というわけなんだ」。

3-39-11-12「ほほう！怒（おこ）ったな。3-39-11-13気の毒な役人（やくにん）連中（れんちゅう）に鋒先（ほこさき）を向（む）けるというわけなんだな。3-39-11-14だって、ああした奴（やつ）らに、どうして君たちを保護（ほご）することができるというんだ？3-39-11-15議会は、毎日（まいにち）奴らの俸給（ほうきゅう）を削減（さくげん）して、一文（いちもん：最小の貨幣単位）もやらないありさまなんだ。3-39-11-16アルベール、大使（たいし）になって見たいようなら、コンスタンチノーブル駐剳（ちゅうさつ：コトバンク註：外交官などが任務のためにしばらく外国に滞在すること）に任命（にんめい）させてもらってやるぜ」。3-39-11-17「ごめんこうむる！3-39-11-18メヘメット・アリーに好意（こうい）のありそうなようすでも見せたが最後（さいご）、サルタン（オスマン帝国皇帝）のやつ、さっそく縄（なわ）を投げてよこすだろう。3-39-11-19そして、僕は書記官（しょきかん）連中に、首を絞（し）められることになるだろう！」。

3-39-11-20「それみろ」と、ドプレーが言った。3-39-11-21「うむ、だが、なんと言っても、モンテ・クリスト伯爵だけは実在（いつざい）してるぜ」。3-39-11-22「じょうだんじゃない！3-39-11-23いることだけは誰でもいらあね。3-39-11-24これはたしかに奇蹟（きせき）だな！」。3-39-11-25「誰でもいる。3-39-11-26なるほどそれはもちろんだ。3-39-11-27だが、ああした『いかた』といったらめったにないぜ。3-39-11-28黒人（こくじん）の奴隷（どれい）が大ぜい、王宮（おうきゅう）のような廻廊（かいろう）、カザウバふうの武器、一頭（いっとう）六千フラン（読者註：目安６０００Ｘ１０００＝６００万円）の馬、ギリシャ人の恋人（こいびと）、これは誰しもに持てるものとは言えないからな！」。

3-39-11-29「そのギリシャ人の恋人というのを見たのかい？」。3-39-11-30「そうさ、見もしたし、声も聞いた。3-39-11-31バルレ劇場で姿（すがた）を見たんだ。3-39-11-32そして、伯爵のところへ午餐（ごさん）によばれて、まさにその声を聞きもしたんだ」。3-39-11-33「で、そのふしぎな人というのは、ものを食ったりするのかね？」。3-39-11-34「食うとも。だが、問題にならないくらい小食（しょうしょく）なんだ」。3-39-11-35「見ていろよ、それはたしかに吸血鬼（きゅうけつき）だぜ」。3-39-11-36「笑いたければ笑うがいいさ。3-39-11-37Ｇ伯爵夫人も、そんなことを言ってたっけ。3-39-11-38君も知ってるとおり、夫人はルスウェン卿とも知り合いだった」。

3-39-11-39「こいつは面白い！」と、ボーシャンが言った。3-39-11-40「新聞記者でもない男が、『コンスティチュシオネル』（新聞の名）に出た例の海蛇（うみへび）の話みたいなことを言いだしたぞ。3-39-11-41吸血鬼、文句（もんく）はないや！」。3-39-11-42「眼は茶色（ちゃいろ）で、瞳（ひとみ）は自由にちぢまったりひろがったりする」と、ドプレーが言った。3-39-11-43「顔の輪郭（りんかく）はきわめてりっぱ、すばらしい額（ひたい）、青白（あおじろ）い顔色（かおいろ）、黒い髯（ひげ）。3-39-11-44歯は白く、鋭（するど）く、態度（たいど）また申しぶんなし」。3-39-11-45「まったくそのとおり」と、アルベールは言った。

3-39-11-46「顔立（かおだ）ちはまさに君の言うとおり。3-39-11-47そう、態度には鋭いところがあり、なにか迫ってくるものがあったっけ。3-39-11-48時々（ときどき）僕は『ぞっ』とした。3-39-11-49とりわけ或（あ）る日のこと、いっしょに処刑（しょけい）を見ていながら、平然（へいぜん）として地上にありとあらゆる拷問（ごうもん）の話をするのを見たり聞いたりしていたら、首斬（くびきり）役人（やくにん）が職務（しょくむ）をおこない、死刑囚（しけいしゅう）が末期（まつご）の叫びを立てるのを聞いている以上に、なんとも気持が悪かったっけ」。

3-39-11-50「血を吸いに、コリゼーの廃墟（はいきょ）に連（つ）れていこうとはしなかったか？」と、ボーシャンがきいた。3-39-11-51「でなければ、君を助けておいたあとで、真っ赤（まっか）な羊皮紙（ようひし）かなんかの上に、エザウ（著者註：ヤコブの兄。一皿の豆をもらって長子権をヤコブに売り渡した）が長子権（ちょうしけん）を譲（ゆず）ったように、魂（たましい）を譲り渡すむねを書かせて、それに署名（しょめい）させはしなかったか？」。3-39-11-52「笑うがいいさ、笑いたいだけ笑うがいいさ」と、いささか『むっ』としてアルベールが言った。3-39-11-53「君たちみたいな、ブールバール・ドウ・ガンの常連（じょうれん）とか、ブローニュ公園（こうえん）をうろつきまわる連中（れんちゅう）なんかを見た目で見ると、まったくちがった人種（じんしゅ）の感じだ」。

3-39-11-54「むしろそれを誇（ほこ）りとするよ！」と、ボーシャンが言った。3-39-11-55「ともかく、」と、シャトー・ルノーがつけ加えた。3-39-11-56「そのモンテ・クリスト伯爵っていうのは、イタリーの山賊どもと何か打ち合わせているときをのぞけば、いつも、りっぱな紳士（しんし）だっていうわけだな？」。3-39-11-57「なあに！ローマに山賊なんかいるものかね！」と、ドプレーが言った。3-39-11-58「吸血鬼だっているもんか！」と、ボーシャンがつけ加えた。3-39-11-59「モンテ・クリスト伯爵なんているものか？」と、ドプレーがつけ加えた。3-39-11-60「そうらアルベール、もう十時半が鳴ってるぜ」。3-39-11-61「白状（はくじょう）しろよ、とんだ一場（ひとば）の夢物語（ゆめものがたり）さ。3-39-11-62さあ、昼飯（ひるめし）にしようや」と、ボーシャンが言った。3-39-11-63ところが、時計の唸（うな）りがまだおさまるかおさまらないうちに、ドアが開くと、ジェルマンがはいってきて来客（らいきゃく）を知らせた。

ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/6/3