３７（８）バンパとモンテ・クリスト伯

3-37-8-1まわりには、めいめい好き勝手（かって）に集（つど）って、或（ある）いは外套（がいとう）の中にくるまり、或いは納骨所（のうこつしょ：本のルビはコロンバリオム）の周囲（しゅうい）にある一種（いっしゅ）の石の腰掛（こしかけ）にもたれて、およそ二十人ばかりの山賊（さんぞく）の姿（すがた）が見わけられた。3-37-8-2おのおのその手の届（とど）くところに騎銃（きじゅう）を置いていた。3-37-8-3奥の方には、しずかに、見わけがつくかつかない程度に、まるで影のように一人の歩哨（ほしょう）が入口（いりぐち）らしいところの前を歩きまわっていた。3-37-8-4それが入口であるというのも、そこだけ闇（やみ）がさらに濃（こ）くなっているので、『やっと』見わけられるというにすぎなかった。 3-37-8-5フランツが、こうしたすばらしい光景（こうけい）にじゅうぶん目を楽しませたと思われるころ、伯爵は、唇（くちびる）に手をあてて黙（だま）っているようにと合図（あいず）をした。3-37-8-6そして、廊下（ろうか）から納骨所（コロンバリオム）に導（みちび）く階段（かいだん）を三段（さんだん）上（のぼ）って、真中（まんなか）のアーケードから室（しつ）の中にはいり、バンパの方へ向かって歩いていった。3-37-8-7バンパはすっかり書物（しょもつ）に気をとられて、足音（あしおと）さえも耳にはいらなかった。3-37-8-8「誰だ？」と、バンパほどには気をとられていなかった歩哨が叫（さけ）んだ。3-37-8-9ランプの火かげに、なにやら一つの影が首領（しゅりょう）の背後（はいご）に大きくなっていくのを見たからだった。 3-37-8-10声を聞くと、バンパは『すっく』と立ちあがり、帯（おび）から短銃（たんじゅう）を抜（ぬ）き取った。3-37-8-11同時に、すべての山賊どもも立ちあがった。3-37-8-12銃口（じゅうこう）は一斉（いっせい）に伯爵のほうへ突（つ）きつけられた。3-37-8-13「どうした！」と、伯爵は落ちつきはらった声で、顔筋（かおすじ）一つ動かさずに言った。3-37-8-14「どうしたんだ、バンパ君（くん）、友だちがきたというのに、いやに『ぎょうぎょう』しいじゃないか！」。3-37-8-15「武器（ぶき）を下（さ）げえ」と、首領は片方（かたほう）の手で命令するとともに、片方の手で慇懃（いんぎん）に帽子（ぼうし）を取った。 3-37-8-16それから、こういう光景（こうけい）を見おろして立っているふしぎな人物（じんぶつ）のほうへ向かって、「ごめんください、伯爵」と、言った。3-37-8-17「まさか、こんなところへお訪（たず）ねくださろうとは思いませんでした。3-37-8-18気がつきませんで失礼（しつれい）いたしました」。3-37-8-19「や、君（きみ）はなんにつけても物覚（ものおぼ）えが悪（わる）いとみえるな、バンパ君（くん）」と、伯爵が言った。3-37-8-20「たんに人の顔を忘れるばかりでなく、人とかわした約束（やくそく）までも忘れてしまうと見えるな」。3-37-8-21「どういうお約束を忘れましたでしょう、伯爵？」と、首領は、もし間違いでもしでかしたのなら、さっそくそれをただすに躊躇（ちゅうちょ）しない意気（いき）ごみを見せてたずねた。 3-37-8-22「どうだね、」と、伯爵は言った。3-37-8-23「わたしばかりでなく、わたしの友だちにも指（ゆび）一本（いっぽん）指（さ）さないと約束してはいなかったかね？」。3-37-8-24「が、どういうことでお約束にそむきました？」。3-37-8-25「君は今夜、アルベール・ド・モルセール子爵を引っさらって、ここへつれてきているじゃないか。3-37-8-26ところでだ！」と、伯爵は、フランツがふるえ上がったような調子で言った。3-37-8-27「あの青年は《わたしの友だち》の一人なのだ。3-37-8-28わたしとおなじホテルに泊っていて、わたし自身の馬車に乗って一週間（読者註：謝肉祭の期間）もコルソ（読者註：クール町）まわりをやったのだ。3-37-8-29それをだ、も一度言うと君が引っさらってここへて来た。3-37-8-30そして、」と、伯爵はポケットから手紙（てがみ）を出して、「君はまるで見ず知らずの他人（たにん）にするように、身代金（みのしろきん）で売ろうとした」。 3-37-8-31「なぜ手めえたち、前もっておれにそう言わなかったんだ？」と、首領は手下（てした）のほうを振（ふ）り返りながら言った。3-37-8-32手下どもは、眼差（まなざ）しに射（い）すくめられて後（あと）じさりした。3-37-8-33「どうしておれに、この伯爵さまとのお約束をたがえるようなことをさせたんだ？3-37-8-34おれたちの命（いのち）は、まったく伯爵さまのお手のうちにあるんじゃないか。3-37-8-35『じょうだん』じゃない、もし手めえたちのうちの誰か、あのかたが閣下（かっか）のお友だちだということを前もって知っていたのだったら、おれはそいつの脳天（のうてん）に一発（いっぱつ）喰（く）らわしてやるから」。 3-37-8-36「どうです！」と、伯爵はフランツのほうを振り返りながら言った。3-37-8-37「間違（まちが）いに相違（そうい）ないと申していましたとおりでしょう？」。3-37-8-38「お一人ではなかったのですか？」と、バンパは不安（ふあん）なようすで問（と）いかけた。3-37-8-39「この手紙の宛名にん（あてなにん）の方（かた）とごいっしょにやってきたのさ。3-37-8-40ルイジ・バンパは約束を重（おも）んじる人間（にんげん）ということを見せてあげたかったからのことなのだ。3-37-8-41さあ閣下」と、伯爵はフランツに言った。3-37-8-42ルイジ・バンパ自身、とんだ間違いをやった御挨拶（ごあいさつ）を申しあげることでしょう」。 3-37-8-43フランツは歩みよった。3-37-8-44首領はフランツを迎えようと幾足（いくあし）か前へ進み出た。3-37-8-45「閣下、ようこそおいでくださいました」と、バンパは言った。3-37-8-46「ただいま伯爵の仰（おお）せになりましたこと、わたくしから申しあげましたお答えをお聞きだったと存じます。3-37-8-47なお、そういうお方とは知らずに、お友だちの身代金（みのしろきん）として四千ピアストルを御請求（ごせいきゅう）申しあげ、とんだ御迷惑をおかけしました。3-37-8-48なんとも相（あい）済（す）まなく思っていることを申し添（そ）えさせていただきます」。 3-37-8-49「が、」と、フランツは不安げにあたりを見まわしながら、「捕（つか）まった友だちはどこにいるんです？3-37-8-50見えませんが」。3-37-8-51「なにか変ったことがなければいいが！」と、眉（まゆ）をよせながら伯爵が言った。3-37-8-52「お友だちはあそこにおいでになります」と、バンパは、ちょっと奥（おく）まったところを指（さ）した。3-37-8-53その前を、一人の山賊が番（ばん）をして歩きまわっていた。3-37-8-54「わたくしが参（まい）って、もう御自由（ごじゆう）におなりだったことを申しあげましょう」。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/5/22