３６（５）アルジャンチナ ３６（５）アルジャンチナ
| 3-36-5-1こうして支度（したく）が調（ととの）うと、二人はアルジャンチナ劇場へ出かけてゆき、伯爵の桟敷（さじき）に陣取（じんど）った。3-36-5-2第一幕（だいいちまく）の間（あいだ）に、Ｇ伯爵夫人は自分の桟敷にはいって来た。3-36-5-3夫人の最初の眼差しは、前日（ぜんじつ）彼女が伯爵のいるのをみとめたほうへ向けられた。3-36-5-4そして夫人は、フランツとアルベールの姿を、二十四時間（にじゅうよじかん）前（まえ）、フランツに向かってああした奇怪（きかい）な考えを聞かせてやったその人（ひと）自身（じしん：モンテ・クリスト伯のこと）の桟敷に見いだした。 3-36-5-5夫人のオペラ・グラスが執念（しゅうねん）深（ぶか）く自分の上にそそがれているのを見て、フランツは、このうえ夫人の好奇心（こうきしん）をじらすのをむしろ残酷（ざんこく）だと考えた。3-36-5-6そこで二人は、観客席（かんきゃくせき）を社交（しゃこう）サロンと考えていいという、イタリーでの観客に与えられた特権（とっけん）を利用（りよう）し、自分たちの桟敷を離（はな）れると、伯爵夫人のところへ挨拶（あいさつ）しに出かけていった。3-36-5-7二人が夫人の桟敷にはいるなり、夫人はすぐにフランツに向かって、前の席へと合図をした。3-36-5-8今度はアルベールがうしろに坐（すわ）った。 3-36-5-9「どうなさいまして！」。夫人は、フランツが腰（こし）をおろすかおろさないうちに声をかけた。3-36-5-10「あなたは、是（ぜ）が非（ひ）でもあの現代（げんだい）のルスウェン卿（きょう）とお近づきになろうとなすったように思われますわね。3-36-5-11そして、とてもいいお友だちにおなりになったというんでしょう？」。3-36-5-12「いや、それほど親密（しんみつ）になったわけではありません。3-36-5-13でも、」と、フランツは答えた。3-36-5-14「今日一日（きょういちにち）は正直（しょうじき）なところ、まったく伯爵の御親切（ごしんせつ）にあずかりました」。 3-36-5-15「なんですって？今日一日？」。3-36-5-16「ええ、そう申したほうがいいでしょう。3-36-5-17今朝（けさ）は朝食（ちょうしょく）によ（本は招）ばれました。3-36-5-18仮面（かめん）行列（ぎょうれつ）のあいだは、伯爵の馬車（ばしゃ）でコルソ（読者註：ポポロ広場とベネチヤ広場を結ぶ直線道路、コルソ通りのこと）を駈（か）けまわりました。3-36-5-19晩（ばん）には、伯爵の桟敷で芝居（しばい）見物（けんぶつ）というわけで」。3-36-5-20「では、あの方（かた）を御存（ごぞん）じですのね？」。3-36-5-21「知っているようでもあり、そうでもないようでもあり」。3-36-5-22「とおっしゃるのは？」。 3-36-5-23「お話し申せば長くなります」。3-36-5-24「それをお聞かせくださらない？」。3-36-5-25「でも、きっと怖（こわ）くおなりでしょう」。3-36-5-26「なおさら伺（うかが）いたいと思いますわ」。3-36-5-27「せめて、しめくくりがつくまでお待（ま）ち願（ねが）いたいと思うのですが」。3-36-5-28「けっこう。3-36-5-29あたし、すっかりまとまってのお話のほうがいいんですから。3-36-5-30でも、いったいどうしてお近づきにおなりになって？3-36-5-31どなたの御紹介（ごしょうかい）？」。3-36-5-32「誰の紹介でもないのです。3-36-5-33あの人のほうから、わたしたちのほうへよびかけてきました。3-36-5-34それはいつのこと？」。3-36-5-35「ゆうべです、奥（おく）さまとお別（わか）れしてからのことなのです」。3-36-5-36「で、きっかけは？」。 3-36-5-37「いや、そいつは宿（やど）の亭主（ていしゅ）という、いたってやぼな男が橋渡（はしわた）しで」。3-36-5-38「ではごいっしょに、ロンドン・ホテルにお泊りになっておいでですの？」。3-36-5-39「同じどころか、階（かい）まで同じというわけです」。3-36-5-40「なんとおっしゃる方？3-36-5-41御名前（おなまえ）は？」。3-36-5-42「存じております。3-36-5-43モンテ・クリスト伯爵」。3-36-5-44「そのお名前、どういうんですの？3-36-5-45お生まれになったお家（おいえ）のお名前？」。3-36-5-46「いいえ、あの人の買（か）った島（しま）の名前ということなので」。3-36-5-47「そして、あの方は伯爵さま？」。3-36-5-48「トスカナの伯爵です」。3-36-5-49「そういうことにしておきましょう」と、伯爵夫人は言った。3-36-5-50夫人はベネチヤ附近（ふきん）の古（ふる）い家柄（いえがら）の生まれだった。 3-36-5-51「で、いったいどんな方ですの？」。3-36-5-52「それはアルベールにおたずねになっていただきます」。3-36-5-53「お聞きになって？3-36-5-54あなたに伺（うかが）えということですわ」と、伯爵夫人はアルベールに言った。3-36-5-55「なんといっても奥さま、あれをりっぱと言わなければ、言わないほうが間違（まちが）っておりますな」と、アルベールが答えた。3-36-5-56「十年つきあった友人（ゆうじん）でも、あの人がしてくれたほど尽（つく）してはくれますまい。3-36-5-57それが、いかにも優雅（ゆうが）で、上品（じょうひん）で、そして鄭重（ていちょう）で、まったく立派（りっぱ）な社交界（しゃこうかい）の紳士（しんし）です。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
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2017/5/04