３５（５） ３５（５）
| 3-35-5-1この道にかけてはなかなかの通（つう）で、イタリーへきて以来（いらい）、パリのカフェーでの葉巻（はまき）から遠（とお）ざかっていたことがすくなからず不平（ふへい）だったアルベールは、たちまちテーブルのほうへ歩（あゆ）みよって、ほんものの葉巻を見つけるやいなや歓声（かんせい）をあげた。3-35-5-2「どうだね！」と、フランツはたずねた。3-35-5-3「モンテ・クリスト伯をどう思うね？」。3-35-5-4「どう思うって？」と、アルベールは、こうした質問（しつもん）にひどくびっくりしながら言った。3-35-5-5「気持のいい人じゃないか。3-35-5-6客の『もてなし』も上乗（じょうじょう）だし、見聞（けんぶん）も博（ひろ）く、学問（がくもん）もあり、考（かんが）えも深（ふか）く、ブルータスのようにストア派（は）ときている」。3-35-5-7そう言いながら彼は、いかにもたまらなさそうに煙草（たばこ）を一吹（ひとふ）きした。3-35-5-8煙（けむり）は、螺旋（らせん）を描（えが）いて天井（てんじょう）さして上（のぼ）って行った。 3-35-5-9「その上（うえ）、無類（むるい）とびきりの葉巻も持ってるというわけだし」。3-35-5-10これが伯爵についてのアルベールの意見（いけん）だった。3-35-5-11ところでフランツは、いつもアルベールが、自分は人（ひと）なり物（もの）なりについて意見（いけん）を述（の）べるとき、まずじゅうぶん考えてからにすると言（い）い張（は）ることを知っていたので、べつにその意見を変（か）えさせようとも試（こころ）みなかった。 3-35-5-12「だが君（きみ）、」と、彼は言った。3-35-5-13「一つ妙（みょう）なことに気（き）がつかなかったかい？」。3-35-5-14「なんだね？」。3-35-5-15「伯爵は、君（きみ）のことを特別（とくべつ）注意（ちゅうい）して見ていたじゃないか」。3-35-5-16「僕（ぼく）を？」。3-35-5-17「そうさ、君を」。3-35-5-18アルベールは考えた。3-35-5-19「ああ！」と、彼は溜息（ためいき）をつきながら言った。3-35-5-20「べつにふしぎはないさ。3-35-5-21僕はもう、かれこれ一年ほどもパリを離（はな）れていて、すっかり流行（りゅうこう）後（おく）れの着物（きもの）を着ているからさ。3-35-5-22伯爵は、きっと僕のことを田舎者（いなかもの）と思ったんだな。3-35-5-23訂正（ていせい）しておいてくれたまえ。3-35-5-24折（おり）を見て、僕がそんな者でないことを伝（つた）えておいてくれたまえ」。 3-35-5-25フランツは微笑（びしょう）を浮（う）かべた。3-35-5-26しばらくすると伯爵がはいってきた。 3-35-5-27「さ、」と、伯爵は言った。3-35-5-28「お相手（あいて）を致（いた）しましょう。3-35-5-29ちゃんと申しつけておきましたから。3-35-5-30馬車（ばしゃ）はポポロ広場の方（ほう）へまわしておきます。3-35-5-31わたしたちは、お話しのクール町を通ってそこへいくことにいたしましょう。3-35-5-32アルベールさん、いかがです、葉巻をニ三本（にさんぼん）お持ちになっては？」。3-35-5-33「ありがたいですな」と、アルベールは言った。3-35-5-34「じつは、イタリーの葉巻というやつは官営（かんえい）のものより『ずっ』と品（ひん）が落（お）ちていまして。3-35-5-35今度（こんど）パリへおいででしたら、すっかりお返しいたしましょう」。 3-35-5-36「御遠慮（ごえんりょ）しません。3-35-5-37いつか参（まい）りたいと思っております。3-35-5-38そして、おゆるしいただけたことなので、お宅（たく）をお訪（たず）ねいたしましょう。3-35-5-39さあさあみなさん、ぐずぐずしてはいられません。3-35-5-40十二時半（じゅうにじ・はん）になっております。3-35-5-41出かけましょう」。3-35-5-42三人はおりていった。3-35-5-43馭者（ぎょしゃ）はさっきの主人の命令に従（したが）ってバブイノ町（ちょう）を通っていった。 3-35-5-44そして徒歩（とほ）でゆく三人の者は、スペイン広場（ひろば）を通り、真っ直（まっす）ぐにフィアノ楼とロスポリ楼の間（あいだ）に出るフラチナ町を通っていった。3-35-5-45フランツの眼は、このロスポリ楼（ろう）上（じょう）の窓に一心（いっしん）にそそがれていた。3-35-5-46彼はコリゼーのなかで、マントをつけた男とトランステベレ服装（ふくそう）をした男との間に取（と）り決（き）められた合図（あいず）のことを忘（わす）れなかった。 3-35-5-47「あなたのお窓は？」と、彼はできるだけ平静（へいせい）な調子（ちょうし）で伯爵にたずねた。3-35-5-48「あそこの三つ（みっつ）です」と、伯爵は、なにげない、気乗（きの）りのしない声で答えた。3-35-5-49伯爵はには、どうしてこういう質問がなされたのかがわからなかった。3-35-5-50フランツの目は、素早（すばや）くその三つの窓にそそがれた。 |
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ページ制作者： （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/4/30