３５（２）タボレッタの手順

3-35-2-1「そうそう、」と、伯爵は言った。3-35-2-2「亭主に、タボレッタ（掲示板）がきたかどうか聞いてもらおう。3-35-2-3そして死刑の次第書（しだいしょ：手順書）をよこしてもらえるかどうかってな」。3-35-2-4「それにはおよびません」と、フランツはポケットから小さな手帳（てちょう）を取り出して言った。3-35-2-5「そのタボレッタというのを写しておきました。3-35-2-6これです」。3-35-2-7「それだったらもうよろしい。3-35-2-8ベルツッチオ、べつだん用もないし、君は引きさがってよろしい。3-35-2-9ただ、食事（しょくじ）ができたら知らせてもらおう。3-35-2-10みなさんは、」と、伯爵は、二人の青年（せいねん）のほうをふり返って言った。3-35-2-11「いっしょに食事をなすっていただけますまいか？」。

3-35-2-12「でも伯爵、」と、アルベールは言った。3-35-2-13「それではあまりお言葉に甘（あま）えすぎるというもので」。3-35-2-14「どういたしまして、そのほうが嬉（うれ）しいです。3-35-2-15いつかパリで、そのお返しにあずかります。3-35-2-16お一人（ひとり）ずつでも、或いはお二人（ふたり）ごいっしょにでも。3-35-2-17ベルツッチオ君、食事を三人前言いつけておいてくれたまえ」。3-35-2-18彼は、フランツの手から手帳（てちょう）を受取った。3-35-2-19「で、」と、彼は『プティト・ザフィシュ』（広告新聞の名）でも読みあげるような調子（ちょうし）でつづけた。

3-35-2-20『今日二月二十二日次の両名（りょうめい）の死刑（しけい）を執行（しっこう）す。3-35-2-21アンドレア・ロンドロ。3-35-2-22聖ジャン・ド・ラトラン寺院の修道士（しゅうどうし）にして有徳（ゆうとく）の誉（ほまれ）高きドン・セザル・テルリニ師（し）殺害（さつがい）の犯人（はんにん）。3-35-2-23並（なら）びにペピーノ、通称（つうしょう）ロッカ・プリオリ。3-35-2-24憎むべき山賊ルイジ・バンパ並びにその徒党（ととう）に通謀（つうぼう）加担（かたん）したるものと認（みと）めらる・・・・』。3-35-2-25ふふん！『第一の者は撲殺（ぼくさつ）。3-35-2-26第二の者は斬罪（ざんざい）』。3-35-2-27なるほど、」と、伯爵は言った。3-35-2-28「最初は、こんなふうに行われるはずになっていました。3-35-2-29ところが昨日（きのう）、この次第書、式（しき）の順序（じゅんじょ）にどうやら急（きゅう）に変更（へんこう）があったように思われます」。

3-35-2-30「へえ！」と、フランツが言った。3-35-2-31「そうです。3-35-2-32昨日（きのう）の晩（ばん）訪（たず）ねた枢機員（すうきいん）のロスピリオーシさんのところで、死刑囚（しけいしゅう）二人（ふたり）のうちの一人（ひとり）に対して執行（しっこう）延期（えんき）のことか何かが問題になっていました」。3-35-2-33「アンドレア・ロンドロにたいしてで？」と、フランツはたずねた。3-35-2-34「いや・・・・」と、伯爵はあまり気にも止めないように返事（へんじ）をした。3-35-2-35「も一人の男・・・・（と言って、さもその名を思い出すためといったように手帳のほうを『ちら』と見ながら）ペピーノです、ロッカ・プリオリと言われている男です。3-35-2-36こうなると断頭台（だんとうだい）でやられるところは見られなくなる。

3-35-2-37でも、ほかに撲殺刑（ぼくさつけい：マツツオラータ）が残っております。3-35-2-38はじめて見る人、いや前に見たことのある人にとってもずいぶん珍しい刑罰です。3-35-2-39一ぽう（いっぽう）のほうのも、一度はごらんになっておおきがいいですが。3-35-2-40これは、あっけなくて単調（たんちょう）です。3-35-2-41珍しいと思うようなところは少しもないというわけで、3-35-2-42首斬り（くびきり：マンダイア）は、決してしくじったり、ふるえたり、切り損（きりそこ）なったりなんかいたしません。3-35-2-43シャレー伯の頭を斬った兵士のように、何度も遣（や）り直したりはしないのです。3-35-2-44もっともシャレー伯の場合は、リシュリウ（ルイ十三世の治世の宰相）がわざわざ言いつけて、そうさせたという話ですが。3-35-2-45いや、」と、伯爵はちょっと軽蔑（けいべつ）するような調子で言った。

3-35-2-46「処刑（しょけい）についてはヨーロッパ人なんか問題になりません。3-35-2-47すこしもわかっていないので。3-35-2-48残虐（ざんぎゃく）という点にかけては、まだほんの赤児（あかご）、というより、すでにもうろくしてしまっているのですな」。3-35-2-49「ほほう、」と、フランツは答えた。3-35-2-50「それではまるで世界各国のいろいろな国民について、刑罰（けいばつ）の比較（ひかく）研究（けんきゅう）でもなさったようにお見受（みう）けしますが」。3-35-2-51「事実、わたしが見なかった刑罰といっては、そうたくさんはないはずでして」と、伯爵は冷然（れいぜん）として言い放（はな）った。
 
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ページ制作者： （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/4/28