３５（１）ポポロ ３５（１）ポポロ
| 3-35-1-1「これはこれは、」と、モンテ・クリスト伯は、はいってくるなり、こう言った。3-35-1-2そちらからお出いただいて失礼（しつれい）しました。3-35-1-3じつは、あまり早朝（そうちょう）からお訪（たず）ねして、かえって失礼にあたりはしまいかと思い、それにまたお出くださるというお言葉でしたので、万事（ばんじ）お心（こころ）まかせにいたしました」。3-35-1-4「フランツとわたくし、いろいろお礼を申しあげなければなりません」と、アルベールが言った。3-35-1-5「困っておりましたところをお助けいただきました。3-35-1-6じつは、あの御親切（ごしんせつ）なお誘（さそ）いにあずかったっとき、二人でいかにも奇抜（きばつ）な乗物（のりもの）を発明（はつめい）しかけておりましたところで」。 3-35-1-7「おお！」」と、伯爵は、二人の青年に布団（ふとん）椅子（いす）に腰（こし）をおろすように示しながら、「それほど御不自由（ごふじゆう）な思いをおさせしましたのは、まったくこの気のきかないパストリーニ（ホテルの亭主のこと）の罪でございますよ。3-35-1-8お困りになっておいでとは、ただの一言（ひとこと）も申さなかったものですから。3-35-1-9こうして一人でいますので、折（おり）あらば御懇意（ごこんい）になりたいと思っていました。3-35-1-10お役にたてそうだとわかりましたので、この機（き）を逸（いっ）せず御挨拶（ごあいさつ）申しあげたしだいでした。3-35-1-11おわかりいただけると思いますが」。3-35-1-12二人の青年（せいねん）は頭（あたま）をさげた。3-35-1-13フランツは、まだなんと言っていいかわからずにいた。3-35-1-14彼には、どちらとも決心がつかなかった。 3-35-1-15そして、彼には、伯爵を見るなり、自分を見覚（みおぼ）えているといったようす、また自分に知られているといったようす、その双方（そうほう）とも認（みと）められなかったので、なにか一言（ひとこと）過去（かこ）のことを匂（にお）わせたほうがいいか、それとも折（おり）を待（ま）ってなにか新（あたら）しい証拠（しょうこ）の出てくるのを待（ま）ったがいいか、いずれとも決（けっ）しかねていた。3-35-1-16昨日（きのう）桟敷（さじき）で見かけたのが、この人あることについては確信（かくしん）があった。3-35-1-17だが、その前夜（ぜんや）、コリゼーにいたのがこの人にちがいないことについては、それほど確信があるとも言えなかった。3-35-1-18そんなわけで、彼は直接（ちょくせつ）切り出さず、ただ伯爵のなすに任（まか）せておこうと考えた。 3-35-1-19しかも、こちらは伯爵にたいして歩（ぶ：優劣の具合）があるわけだった。3-35-1-20すなわち、こちらは彼の秘密（ひみつ）を握（にぎ）っている。3-35-1-21それに反（はん）して伯爵のほうでは、こちらの秘密を知っていない。3-35-1-22したがって、なんの力（ちから）をももっていないわけだった。3-35-1-23だが彼は、ある種（しゅ）の疑点（ぎてん）を明らかにしようと思って、そのほうへ話の水（みず）を向けてゆくことにした。 3-35-1-24「伯爵、」と、彼は言った。3-35-1-25「われわれのため、お馬車のなかとロスポリ楼とに席をお設（もう）けくださいました。3-35-1-26ところで、ちょっとお伺（うかが）いいたしますが、ポポロ広場（ひろば）に、イタリーふうに申してポスト（席）といったようなものを取りますには、いったいどうしたらよろしいでしょうか？」。3-35-1-27「ああ、それですか。3-35-1-28そうそう、」と、伯爵は、なにかほかのことを考えていたようなようす、しかも一心（いっしん：心を集中）にアルベールのほうをながめながらこう言った。3-35-1-29「ポポロ広場に、たしか死刑（しけい）執行（しっこう）とかいったようなことがありましたな」。3-35-1-30「そうなので」と、フランツは、相手（あいて）が自分（じぶん）の思う壺（つぼ）にはまってきたのを見て言った。 3-35-1-31「ちょっとお待ちください。3-35-1-32昨日（きのう）家令（かれい）にそのことを心配（しんぱい）するように申しつけておいたつもりですが、たぶんそのほうでもお役（やく）にたてることでしょう」。3-35-1-33「彼は、手を呼鈴（よびりん）の紐（ひも）のほうへ差（さ）し伸（の）べて、三度（さんど）引（ひ）いた。3-35-1-34「いかがです、」と、彼はフランツに言った。3-35-1-35「あなたは、時間（じかん）を節約（せつやく）するため、また召使（めしつかい）どもの往復（おうふく）をかんたんにしてやるための方法をお考えだったことがおありですか？3-35-1-36わたしは研究（けんきゅう）しまして、一度（いちど）鳴（な）らしたときには給仕（きゅうじ）、二度鳴らしたときには給仕頭（きゅうじがしら）、三度鳴らしたときには家令（かれい）、ということにしております。3-35-1-37こうすると、時間の節約もできれば、むだな口もきかないですむ。3-35-1-38そら、やってきました」。 3-35-1-39言っているところへ、かれこれ四十五から五十までと見える男がはいってきた。3-35-1-40フランツには、それが洞穴（どうけつ）のなかへ自分（じぶん）を案内（あんない）してくれた密輸入者（みつゆにゅうしゃ）に瓜（うり）二（ふた）つのように思われたが、むこうでは少（すこ）しも自分に見覚（みおぼ）えがないらしかった。3-35-1-41これはたしかに、あらかじめ見覚えのあるようすを見せてはならないと申しつけられているのだな、と考えた。 ２０１６年のポポロ広場「イタリヤ旅情１０日」 3-35-1-42「ベルツッチオ君（くん）、昨日（きのう）言いつけておいたとおり、ポポロ広場に窓（まど）を一つ手に入れるようにしておいてくれたかね？」。3-35-1-43「はい、」と、家令は答（こた）えた。3-35-1-44「ところが、だいぶ遅かったもので」。3-35-1-45「なに！」と、伯爵は眉根（まゆね）をよせながら言った。3-35-1-46「取っておくようにと言いつけたのに？」。3-35-1-47「はい、一つだけはお取れしました。3-35-1-48ロバニェフ侯爵（こうしゃく）からおゆずりいただきましたので。3-35-1-49その代金（だいきん）として百（ひゃく）・・・・」。 3-35-1-50「よし、よし、そんな家政（かせい）上（じょう）のことはお客さまのお耳に入れないでいい。3-35-1-51君（きみ）は窓を手に入れることができた、それだけでじゅうぶんなんだ。3-35-1-52その家（いえ）の番地（ばんち）を馭者（ぎょしゃ）に教（おし）えてやってくれたまえ。3-35-1-53そして、階段（かいだん）のところに立っていて案内してくれたらそれでいいのだ。3-35-1-54いきたまえ」。3-35-1-55家令は辞儀（じぎ：頭をさげてあいさつ）をして、引（ひ）きさがろうと一歩ふみ出した。 |
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引用者：2016/10/1 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
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