３４（６）アルベールの活動

2-34-6-1それというのは、謝肉祭は、こうしたありがたい儀式のおこなわれる地上いたるところの国々で、いかに気むずかしい人であろうと、必ず『ばか』をやらずにはいられないという、完全な自由のゆるされるときなのだから。2-34-6-2その謝肉祭（しゃにくさい）も、もう明日に迫（せま）っている。2-34-6-3いまはアルベールにとって、祭のはじまるに先立（さきだ）ち、まず手を打っておくことがなにを措（お）いてもの急務（きゅうむ）だった。2-34-6-4で、アルベールは、こうした下心（したごころ）から、劇場のなかでいちばん目につくような座席を取っておいた。2-34-6-5そして、出かけるにあたって、一点（いってん）非の打ちどころのないような身支度（みじたく）をした。

2-34-6-6席は第一列ににあって、わが国の桟敷（さじき）に匹敵（ひってき）するところだった。2-34-6-7階下（かいか）から三階（さんがい）までは、互いに負けず劣らぬ貴族席（きぞくせき）になっていた。2-34-6-8そんなわけで、それらは貴賓席（きひんせき）という名で呼ばれていた。2-34-6-9しかも、押し合わずに十二人が楽に坐れるその桟敷は、アンビギュ座での四人（よにん）詰（づめ）の桟敷にくらべていくらか格安（かくやす）にさえついていた。

2-34-6-10アルベールは、まだその他に希望を持っていた。2-34-6-11それはもし彼にして誰か美しいローマ婦人の気に入るようなことにでもなったら、当然のこととして、馬車のなかに一つの席を与えてもらえるかも知れない、したがって貴族的な乗物（のりもの）の上からか、或いは豪奢（ごうしゃ）な露台（ろだい）の上から、謝肉祭を見られるだろうということだった。2-34-6-12こうした考えから、アルベールはいままでにないほど『はしゃぎ』きっていた。2-34-6-13彼は、舞台（ぶたい）の方へ背を向けて、半分桟敷から乗り出しながら、六寸（ろくすん：６Ｘ３．０３＝１８Ｃｍ）ほどもあるオペラ・グラスで、ありとあらゆる美しい女たちをながめていた。

2-34-6-14だが、こうしたアルベールの活動（かつどう）にもかかわらず、美しい女たちのうち、せめて好奇心（こうきしん）からでも、見向（みむ）いてくれようとするものは一人もなかった。2-34-6-15人々は、自分たちの話、自分たちの恋愛、自分たちの快楽、復活祭前週（ふっかつさい・ぜんしゅう：スメース・セント）のすんだ翌日（よくじつ）幕の切って落とされる謝肉祭のことなど話しあっていて、特別な場面ででもなければ、役者（やくしゃ）たちにも、芝居（しばい）にも、ちっとも注意（ちゅうい）をはらわなかった。2-34-6-16そして、その場面（ばめん）へくると、みんなはクルリと向き直り、或いはコゼルリの宣敍調（せんじょちょう：レチタチーブ）の一節（いっせつ）に耳を傾け、或いはモリアニの華々（はなばな）しい所作（しょさ）に手を叩（たた）き、或いはラ・スペッチに喝采（かっさい）を送るのだった。2-34-6-17そして、その場面がすんでしまうと、またもや前のとおりに自分たちのおしゃべりをつづけた。

Ｇ伯爵夫人
2-34-6-18第一幕（だいいちまく）の終りに近く、それまで空（から）になっていた桟敷の扉（とびら）が開いた。2-34-6-19フランツは、以前（いぜん）パリで紹介（しょうかい）されたまま、まだフランスにいることとばかり思っていた一人の婦人がはいってきたのを見た。2-34-6-20アルベールは、この婦人の出現（しゅつげん）と同時に、フランツの示した動作を見て取った。2-34-6-21そして、彼のほうを向いて、2-34-6-22「あの女を知ってるのかい？」と言った。2-34-6-23「うん。どう思うね？」。2-34-6-24「すてきじゃないか、それに金髪（きんぱつ）ときている。2-34-6-25すばらしい髪だ！2-34-6-26フランス人かい？」。2-34-6-27「ベネチヤの女さ」。

2-34-6-28「名前は？」。2-34-6-29「Ｇ伯爵夫人」。2-34-6-30「ああ、そうか。2-34-6-31名前だけは聞いていた」と、アルベールは叫んだ。2-34-6-32「才色兼備（さいしょく・けんび）という噂（うわさ）だな。2-34-6-33惜しかったな、このあいだのビルフォール夫人の舞踏会にきていて、あやうく紹介してもらえるところを、そのまま『ふい』にしちまったんだ。2-34-6-34僕もほんとに『ぼんくら』だったな！」。2-34-6-35「では、その入れ合わせをつけてやろうか？」と、フランツが言った。

2-34-6-36「なんだって！2-34-6-37僕をあのひとの桟敷へつれていけるほど、君は親しく知っているのかい？」。2-34-6-38「いままで三四度（さん・よん・ど）話をした。2-34-6-39でも、もうそれだけで、無作法（ぶさほう）と言われずにすもうじゃないか？」。2-34-6-40ちょうどそのとき、伯爵夫人はフランツを見つけて、愛想（あいそう）のいい合図（あいず）を送った。2-34-6-41彼は、それにこたえて、慇懃（いんぎん：物腰のていねいなさま）に頭をさげた。
 
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引用者：2016/10/9　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書