３３（８）バンパ「鉄砲名人」

2-33-8-1バンパは、一人（ひとり）ぼっちでいるうちは、芸術にたいする自分の趣味（しゅみ）をいきつくところまで押し進めていったのでしたが、一ぽう（いっぽう）彼は急に悲しくなったり、反動的に気が荒くなったり、気まぐれに怒（おこ）りっぽくなったり、、いつも人を嘲弄（ちょうろう：ばかにしてからかうこと）するような態度を見せる子供でした。2-33-8-2パンピナーラ、パレストリーナ、バルモントンの若者（わかもの）たちは、誰一人（だれひとり）彼をおさえることができなかったばかりか、その友だちにさえしてもらえずにいました。2-33-8-3自分では一歩（いっぽ）も譲（ゆず）ることをしない我意（がい）の強い性分（しょうぶん）で、なんでも思いどおりにしなければやまないといった気象（きしょう：人間の性質：気性）は、バンパからあらゆる友情（ゆうじょう）や同情を遠ざけました。 2-33-8-4ただテレザだけは、ちょっとした言葉、ちょっとした目くばせ、ちょっとした身ぶりだけで、彼をすっかりおさえていました。2-33-8-5男に何か言われたら、たちまち爆発せずにはいない片意地（かたいじ：がんこに自分の考えを押し通すこと）なバンパも、少女の手にかかるとすっかりおとなしくなってしまうのでした。2-33-8-6テレザはこれとは反対に、快活で、すばしこくって、陽気で、度外（どはず）れに『おきゃん』な娘でした。2-33-8-7サン・フェリーチェ伯爵の家令（かれい）からバンパにくれる２ピアストル、ローマの商人に売り渡した小さな彫物（ほりもの）細工（ざいく）の売上げなど、すべて、真珠（しんじゅ）の耳飾りとか、ガラスの頸飾り（くびかざり）とか、黄金（おうごん）の針（はり）なぞに変りました。2-33-8-8こんなふうで、金（かね）ばなれのいい友だちのおかげで、テレザはローマ近在きってのいちばんきれいな、いちばん小粋（こいき）な百姓娘（ひゃくしょうむすめ）になったのでした。 2-33-8-9二人の子供は、こうして毎日いっしょに暮らしながら、持って生まれた無邪気（むじゃき）な気象のおもむくままに、だんだん大きくなりました。2-33-8-10そんなわけで、二人の物語や、希望や、空想（くうそう）のなかでは、バンパはいつも船長になったり、大将（たいしょう）になったり、総督（そうとく）になったりしたのでした。 2-33-8-11テレザは自分が金持（かねもち）になって、このうえなくりっぱな着物（きもの）を着飾（きかざ）り、お仕着（おしきせ：主人から支給されたもの）を着せた召使（めしつかい）をたくさん引きつれているときのことを想像していました。2-33-8-12そして、日（ひ）がな一日（いちにち）、こうしたばかばかしい、輝きわたった空想や計画で自分たちの将来を飾りたてて考えた後では、二人はまた別れて、互（たが）いの家畜小屋（かちく・ごや）に羊を連れて帰りました。2-33-8-13そして、そうした夢の高さから、またもやいまの境遇（きょうぐう）の見すぼらしさに引きさげられてしまうのでした。 2-33-8-14或（あ）る日のこと、幼い羊飼いは伯爵の家令に向かって、サビーヌの山から狼（おおかみ）が出てくるのを見たと申しました。2-33-8-15家令はバンパに鉄砲（てっぽう）を一挺（いっちょう）渡しました。2-33-8-16バンパはそれがほしかったのです。2-33-8-17この鉄砲は、偶然（ぐうぜん）にもすばらしいプレスキヤ銃（じゅう）で、イギリス銃と同じく、遠くのほうまでとどくやつでした。2-33-8-18ところが、伯爵は或る日、手負（てお）いになった狐（きつね）を叩（たた）き殺そうとしてその台尻（だいじり）をこわし、鉄砲はそのまま廃物（はいぶつ）になっていたのでした。 2-33-8-19バンパのように彫刻のうまい子供にとって、それはたいしてむずかしいことではなかったので。2-33-8-20彼ははじめに台（だい）を調べ、自分の趣味に合わせて、それを取り換えるのにどれくらいかかるかを計算したうえ、別の台尻をこしらえました。2-33-8-21それには目のさめるような装飾をほどこし、その木の部分だけを町に売っても、だいじょうぶ、十五ピアストル（１５X10X1000=１５万円）から二十ピアストルにはなりましたろう。2-33-8-22だが彼は、そんなことをしようなどとは夢にも思ってみませんでした。2-33-8-23鉄砲は長いあいだ、彼にとっての夢でした。 2-33-8-24真（しん）の自由というものが失われ、めいめいみんな独立して勝手気儘（かって・きまま）なことをやり出している国では、少しでも勇気があり、しっかりした体（てい）をしているものは、まず第一に鉄砲がほしいと思うのでして。2-33-8-25それがあれば、人を攻撃することもでき、自分を守ることもできます。2-33-8-26そして、それを持っているものは恐ろしがられ、みんなからも畏敬（いけい）されます。 2-33-8-27このとき以来（いらい）、バンパは、自分のすべての時間を鉄砲の練習（れんしゅう）に費（つい）やしました。2-33-8-28火薬（かやく）と弾丸（だんがん）とを買いました。2-33-8-29そして、サビーヌの山の中腹に生えている悲しそうないじけた鼠（ねずみ）色（いろ）のオリーブの幹（みき）、夕方（ゆうがた）穴（あな）から出て夜の仕事をはじめる狐（きつね）、空飛（そらと）ぶ鷲（わし）など、みんなバンパの的（まと）でした。2-33-8-30やがてバンパはほんとに上手（じょうず）になりました。2-33-8-31テレザも、はじめのうちは音を聞いただけでも恐ろしくなったことを忘れてしまって、いまは自分の若い友だちが、さも手でそこへ弾丸を持って行くといったように、思うところへ弾丸を当てるのを見ながら、喜ぶようになりました。 2-33-8-32或る夕方、二人がいつもいることにしていたすぐそばの杉（すぎ）の森（もり）から、ほんとに狼が出てきました。2-33-8-33だが、狼は、原（はら）のなかを十足（じゅっそく）も歩くか歩かないうちに、もう打ち殺されておりました。2-33-8-34バンパは、みごとに打ち留（と）めたのが大得意（だいとくい）で、狼を肩（かた）に背負（せお）って農園に帰ってまいりました。2-33-8-35こうしたできごとは、農園の附近（ふきん）一帯（いったい）で、バンパに対する一つの評判（ひょうばん）をつくりました。 2-33-8-36すぐれた人間は、どこへ行っても、崇拝者（すうはいしゃ）というものをつくりますな。2-33-8-37近所（きんじょ）では、この若い羊飼いのことを、十里（じゅうり：４０ｋｍ）四方（しほう）でいちばん腕ききな、いちばん強い、いちばん大胆（だいたん）な男だとうわさしました。2-33-8-38一ぽう（いっぽう）テレザは、さらに広い人たちのあいだで、サビーヌきっての美しい娘と言われておりましたが、しかも誰一人（だれひとり）、艶（つや）っぽい言葉をかける者さえいませんでした。2-33-8-39つまり、バンパに愛されていつということを、みんなが知っていましたからで。 2-33-8-40それでいて二人は、愛しあっていることなど決して口に出しませんでした。2-33-8-41二人は互いに並びあって、ちょうど地面（じめん）の下で根をまじえ、空中（くうちゅう）で枝（えだ）をまじえ、匂（にお）いを空（そら）でまじえている二本の木とでもいうようでした。2-33-8-42ただ会いたいという望みだけが、二人にとっておんなしでした。2-33-8-43こうした望みは、やがて一つの必要となり、二人は一日（いちにち）会わずにいるくらいなら、死んだほうがましとさえ思うようになっていました。

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引用者：2016/9/23　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義