３３（６）ブルゲの時計

2-33-6-1「さて亭主、」と、フランツは言った。2-33-6-2「これで友だちのほうも納（おさ）まったし、それに僕（ぼく）のおだやかな『とりなし』も君に呑（の）み込（こ）めたことと思うが。2-33-6-3さて、いったいそのルイジ・バンパっていうのはどんな男だ？2-33-6-4羊飼（ひつじか）いか、それとも貴族（きぞく）か？2-33-6-5若い男か老人か？2-33-6-6小柄（こがら）な男か大きな男か？2-33-6-7一つようすを聞かせてほしいな。2-33-6-8ひょっとして社交界（しゃこうかい）で出会ったとき、ジャン・スボガルやララのように、せめて顔だけでも知っておきたいと思うから」。 2-33-6-9「閣下、はっきりしたことを御存じになりたいとおぼしめしでしたら、わたくしにおたずねになるのがいちばんでして。2-33-6-10と申しますのは、わたくしは、ほんの子供のじぶんにルイジ・バンパを知っておりましてね。2-33-6-11じつは、わたくしもあるとき、フェランチノからアラトリに行こうとして、あの男の手につかまりました。2-33-6-12すると、いいあんばいにわたくしたちが昔馴染（むかしなじみ）だったことを思い出してくれましてね。2-33-6-13身代金（みのしろきん）なぞ取らなかったばかりか、すばらしい時計（とけい）を土産（みやげ）にくれて、身の上（みのうえ）話（ばなし）を聞かせてくれましたうえ、そのまま見逃（みのが）してくれました」。2-33-6-14「その時計というのをひとつ見せてもらおうぜ」と、アルベールが言った。

2-33-6-15亭主はチョッキのポケットから、みごとなブルゲの時計を取り出した。2-33-6-16それには製作者の名前、パリ製の刻印（こくいん）、それに伯爵（はくしゃく）の冠（かんむり）が彫られていた。2-33-6-17「これでございます」と、彼は言った。2-33-6-18「ふん！」と、アルベールが言った。2-33-6-19「お祝いを言おう。2-33-6-20僕もほとんどおなじ『やつ』を持ってるがね・・・・」と、言って、彼はチョッキのポケットから時計を出しながら、「・・・・三千フラン（３０万円）とられたんだ」。 2-33-6-21「さあ、話というのを聞こうじゃないか」と、フランツは、椅子を引きよせ、亭主にも掛（か）けるように手真似（てまね）をした。2-33-6-22「失礼（しつれい）してもよろしゅうございますか？」と、亭主が言った。2-33-6-23「ふん！」と、アルベールが言った。2-33-6-24「まさか説教師（せっきょうし）じゃあるまいし、立って話すわけにもゆくまいじゃないか」。2-33-6-25さて、亭主はこれから話を聞かせる二人に向かって、うやうやしく一礼（いちれい）をしたあとで腰をおろした。2-33-6-26それはまるで、ルイジ・バンパに関することなら、どこからでもお聞きくださいと言うようだった。 2-33-6-27「や！」と、フランツは亭主が口をきこうとするのをさえぎって言った。2-33-6-28「君は、ほんの子供のじぶんに、ルイジ・バンパを知っていたといったな。2-33-6-29してみると、やつはまだ若いのかい？」。2-33-6-30「若いって！そうでございますとも。2-33-6-31まだやっと二十三でございますよ！2-33-6-32これからずいぶんさきがございまさあ！」。2-33-6-33「どうだい、アルベール、すばらしいじゃないか、二十三で、もうひとかど名を成（な）しているんだからな」と、フランツが言った。2-33-6-34「そうさな、その歳じゃあ、後世（こうせい）に名を成（な）したアレクサンダー、シーザー、ナポレオンだって、まだそれほど有名ではなかったな」。 2-33-6-35「で、なにかい、」と、フランツは亭主の方を向いて言った。2-33-6-36「話の主人公はたった二十三なのか？」。2-33-6-37「いまも申しあげましたように、たったそれくらいでございまして！」。2-33-6-38「大きい男か小さい男か？」。2-33-6-39「中背（ちゅうぜい）でございますな、ちょうど閣下くらいの大きさで」と、亭主はアルベールを指（さ）しながら言った。2-33-6-40「くらべられて忝（かたじけな）い」と、彼は頭を一つ下げた。2-33-6-41「さあ話をつづけた」と、フランツは友だちの神経質（しんけいしつ）を微笑（ほほえ）みながら言った。2-33-6-42「どういう階級（かいきゅう）の男だった？」。

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引用者：2016/9/22　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義