３３（２）聖ペテロ寺院参拝

2-33-2-1「どうしても今日から日曜（にちよう）まで馬車（ばしゃ）がお入用（いりよう）なんでございましょうか」。2-33-2-2「むろんのことさ！」と、アルベールが言った。2-33-2-3「執達吏（しったつ・り：行政執行の役人の旧称）の書生（しょせい：学生の旧称）じゃあるまいし、ローマの町をてくてく歩きまわれると思ってるかい？」。2-33-2-4「なんとかして御意（ぎょい）にかなうようにいたしましょう」と、亭主は言った。2-33-2-5「ところで、これは前もって申しあげておきますが、馬車は一日（いちにち）六ピアストル（６Ｘ１０Ｘ１０００＝６万円）はいたしましょう」。2-33-2-6「ところでだ、パストリーニ先生（せんせい）、」と、フランツが言った。 2-33-2-7「こちらはお隣りの百万長者（ひょくまんちょうじゃ：大金持ち）とはちがうんだから、今度は僕（ぼく）のほうから申しあげておくが、なにしろ、僕がローマへきたのはこれで四度目（よんど・め）だし、僕は普段（ふだん）の日、日曜、それにお祭り日と、馬車の値段（ねだん）はちゃんと心得（こころえ）てるんだ。2-33-2-8今日（木曜）と明日（金曜）と明後日（みょうごにち：あさって：土曜）で十二ピアストル（１２万円、一日３万円）。2-33-2-9それでも儲（もう）けはたいしたもんだぜ」。2-33-2-10「そんなことをおっしゃったって！・・・・」と、パストリーニは、言い返そうとしながら言った。 2-33-2-11「もうけっこうだ」と、フランツは言った。2-33-2-12「でないと、この僕（ぼく）自（みずか）ら君の馬車屋（ばしゃや：アツフエタトーレ）さんとお値段の相談に行くぜ。2-33-2-13あの馬車屋は僕の乗りつけなんだ。2-33-2-14古い馴染（なじみ）さ。2-33-2-15これまでにも『しこたま』ふんだくったやつなんだ。2-33-2-16これからもふんだくろうと思って、君の言う値段よりずっと安くやるだろうぜ。2-33-2-17すると、君は『さや』が取れないことになる。2-33-2-18それも君（きみ）の心がらだが」。 2-33-2-19「や、どうぞおしずかに」と、パストリーニは、イタリーの山師（やまし：ペテン師）が『しれ』やられたことを白状（はくじょう）するときのような苦笑を浮かべながら言った。2-33-2-20「一所懸命（いっしょ・けんめい）御満足（ごまんぞく）がゆくようにいたしましょう」。2-33-2-21「それでけっこう！それこそほんとうの口のききかたっていうもんだ」。 2-33-2-22「お馬車はいつごろ御入用で？」。2-33-2-23「あと一時間だ」。2-33-2-24「では、あと一時間いたしましたら、門のところにまいっております」。2-33-2-25一時間の後に、馬車は約束どおり二人の青年を待っていた。2-33-2-26お粗末（そまつ）至極（しごく）な辻馬車（つじばしゃ）で、晴れの祭りを当てこみに飾りたてたといった代物（しろもの）だった。2-33-2-27だが、たとい見かけは『ぱっ』としなくっても、青年たちはこの三日間（みっかかん）のため、こうした乗物（のりもの）でも手にはいったことを喜んだ。 2-33-2-28「閣下（かっか）！」と、案内者が、窓に顔を出しているフランツを見かけて叫んだ。2-33-2-29「お乗物はお館（やかた）のほうへよせましょうか？」。2-33-2-30イタリーふうの大袈裟（おおげさ）なもの言いに馴れていたフランツではあったが、思わず身のまわりを見まわさずにはいられなかった。2-33-2-31だが疑いもなく、言葉は自分に向かって言われたのだ。2-33-2-32フランツは閣下にされていた。2-33-2-33お乗物とは辻馬車のことだった。2-33-2-34お館というのはロンドン・ホテルにほかならなかった。2-33-2-35この国民が褒め上げるにつけての天分（てんぶん）は、すべてこの一つの言葉にしめされていた。 2-33-2-36フランツとアルベールは下へおりていった。2-33-2-37『お乗物』は、『お館』のそばによせてあった。2-33-2-38二人の『閣下』は、足を長々と腰掛（こしかけ）の上にふみ伸ばした。2-33-2-39そして、案内人は、うしろの座席に飛び乗った。2-33-2-40「閣下、どちらへ御案内いたしましょう？」。2-33-2-41「まず聖ペテロ寺院（現在はバチカン市国となっている領域にある）だ。2-33-2-42それからコリゼー（コロッセオは巨大な円形闘技場：ローマ帝国によって建造された）」と、アルベールは生粋（きっすい）のパリっ子の調子（ちょうし）で言った。 2-33-2-43だが、アルベールは、一つのことを忘れていた。2-33-2-44それは聖ペテロ寺院を見るには一日がかりだということ、また、それを研究するためには一ヶ月かかるということだった。2-33-2-45で、その日は、ただ聖ペテロ寺院を見るだけに過ごしてしまった。2-33-2-46ふと、二人の青年は、日が傾いているのに気がついた。

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引用者：2016/9/20　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義