３３（１６）バンパ「プレゼント」

姫の住居の出火 2-33-16-1その晩（ばん）、召使（めしつかい）が不用意（ふようい）に灯（あかり）を消し忘れでもしましたのか、えらい事件がもちあがりました。2-33-16-2サン・フェリーチェの別荘（べっそう）の、ちょうど美しいカルメラ姫の住居（じゅうきょ）に附属（ふぞく）しているあたりから火が出ました。2-33-16-3焔（ほのお）の光に目をさましましたカルメラ姫は、たちまち寝床（ねどこ）から飛びおり、部屋着（へやぎ）をまとうが早いか、戸口から逃げ出そうといたしました。2-33-16-4ところが、通ろうとする廊下（ろうか）は、すでに火になめつくされておりました。2-33-16-5そこで大声（おおごえ）あげて助けを呼びながら、ふたたび部屋（へや）にもどりますと、ちょうどそのとき、地上（ちじょう）ニ十尺（２０X０．３０３＝６ｍ）のところにある部屋の窓が急にあけられました。 2-33-16-6そして、一人の若い百姓（ひゃくしょう：農民）が部屋のなかに飛びこんできて、姫を腕にかかえるなり、人間（にんげん）わざとは思えないような力と身軽（みがる）さで、芝生（しばふ）の上まで運びました。2-33-16-7姫は、そこで気を失ってしまいました。2-33-16-8正気（しょうき）にもどったとき、父が目の前に立っていました。2-33-16-9召使どもも、姫を助けようと彼女を取巻いておりました。2-33-16-10別荘のほうは、建物の片袖（かたそで）全部を焼きましたが、カルメラ姫の身につつがなかった以上、それはほとんど言うに足（た）りませんでした。 2-33-16-11いたるところ手を分（わ）けて、姫を助けてくれた者を求めました。2-33-16-12だが、その男は二度と姿をあらわしませんでした。2-33-16-13あらゆる人にたずねてみましたが、誰も見たというものがございません。2-33-16-14カルメラ姫のほうも、すっかり取乱（とりみ）していたため、いささかの記憶（きおく）もございません。2-33-16-15一ぽう（いっぽう）伯爵は、ひじょうに裕福（ゆうふく）だったので、カルメラ姫の出遭（であ）った危険（きけん）、それも彼女がまったく奇蹟的（きせきてき）に逃（のが）れられたということから、ほんとに不幸（ふこう）に出あったというより、むしろなにか新しい天の恵みとでも考えて、火事によって惹（ひ）き起こされた損害（そんがい）など、ものの数にも思っておりませんでした。 翌日の二人 2-33-16-16翌日（よくじつ）、いつもの時間に、若い二人は森のふちで出合いました。2-33-16-17バンパの方が、先にやってきておりました。2-33-16-18そして、とても快活（かいかつ）なようすで娘を迎えました。2-33-16-19もう昨晩（さくばん）のことなぞ、すっかり忘れてしまってでもいるかのように。2-33-16-20テレザのほうは、あきらかにもの思わしげなようすでした。2-33-16-21でも、そうしたバンパのようすを見ますと、自分のほうでも『はればれ』した、なにげないようすを作ってみせたのでした。2-33-16-22なにか胸にわだかまることでもないかぎり、それが彼女本来（ほんらい）の気持でした。2-33-16-23バンパはテレザの腕を抱（かか）えて、洞穴（どうけつ）の戸口（とぐち）まで連（つ）れて行き、そこまで行って立ち止まりました。 2-33-16-24娘は、さてはなにか変ったことがあるなと見て取って、まじまじ彼を見つめました。2-33-16-25『テレザ』と、バンパは申しました。2-33-16-26『お前、ゆうべ、伯爵のお嬢（じょう）さんのような着物（きもの）が貰（もら）えたら、どんなものでもやると言ったな』。2-33-16-27『そうよ』と、テレザは驚きながら申しました。2-33-16-28『でもあたし、そんな望みを起こすなんて、ほんとにばかだったわね』。 2-33-16-29『そして、僕はこう言ったね、よし、そんならお前に持ってきてやるって』。2-33-16-30『そうよ』。2-33-16-31バンパが口を開くたびに、娘の驚きは増しました。2-33-16-32『だって、あなたはただあたしを喜ばせようと思って、そういう返事をしたんでしょう』。2-33-16-33『おれはいままで、お前と約束をしたことをはたさなかったためしがあったっかね』と、バンパは昂然（こうぜん：意気がさかんで自信にあふれているさま）として申しました。2-33-16-34『洞穴のなかへおはいり。2-33-16-35そして着物を着るんだ』。2-33-16-36こう言いながら、彼は岩（いわ）を引っぱりよせました。 2-33-16-37そして、すばらしい鏡台（きょうだい）の両側に燃えている二本の蝋燭（ろうそく）の光によって照らし出された洞穴をテレザに見せました。2-33-16-38バンパの手によって作られたひなびたテーブルの上には、真珠の首飾り（くびかざり：本は頸飾り）やダイヤモンドのピンなどが並べてありました。2-33-16-39そばの椅子の上には、その他の衣装が置いてありました。2-33-16-40テレザは嬉しさのあまり叫び声をあげました。2-33-16-41そしてこれらの衣装がどこからきたかを聞くのも忘れ、バンパに礼（れい）を言うのも忘れて、化粧室（けしょうしつ）につくりかえられたばかりの洞穴のなかへ飛びこみました。2-33-16-42テレザがはいると、その背後（はいご）からバンパが戸を閉めました。 2-33-16-43と申しますのは、いまいるところからパレストリーナの方角（ほうがく）をかくしている小さな丘の頂きに、一人の馬に乗った旅人が、さも路（みち）がわからないといったようなようすでちょっと立ち止まり、その姿が、南の国での遠景（えんけい）に特有な、『くっきり』した輪郭（りんかく）で青空（あおぞら）に描き出されているのが見えましたからで。

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引用者：2016/9/27　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義