３３（１４）バンパ「カドリーユ」

2-33-14-1そこでバンパは出かけて行って、岩を引きよせてやりました。2-33-14-2ククメットが出てきました。2-33-14-3山賊は花崗岩（かこうがん）の戸口（とぐち）の隙間（すきま）から、二人が憲兵と話しているのを見ていました。2-33-14-4そして、憲兵との間（あいだ）になにが話されているかを察（さっ）し、そして、バンパとテレザの顔の上に、自分を引き渡したりしないだろうというしっかりした決心（けっしん）を読みとっていました。2-33-14-5山賊は、ポケットから、金貨（きんか）がいっぱいはいっている財布（さいふ）を出して、二人の前にさし出しました。2-33-14-6だがバンパは、キッと肩（かた）をそびやかしました。 2-33-14-7一ぽう（いっぽう）テレザのほうは、この金貨でいっぱいの財布があったら、贅沢（ぜいたく）な宝石（ほうせき）やりっぱな着物（きもの）などが思うように買えるだろうと思って、眼を輝（かがや）かしていたのでした。2-33-14-8ククメットはじつに狡猾（こうかつ）な悪魔（あくま）です。2-33-14-9彼は蛇（楽園でエバを誘惑した蛇のこと）の代（かわ）りに、山賊の姿をした男でした。2-33-14-10彼は、この娘のうちに、りっぱな『エバの娘』らしいところのあるのを見てとって、自分を助けてくれた二人に礼（れい）を言うのを口実（こうじつ）に、幾度（いくど）となく振（ふ）り返って見ながら森へ帰ってまいりました。2-33-14-11それからの幾日（いくじつ）、ククメットは姿を見せず、その噂（うわさ）もされることなしに過ぎたのでした。 2-33-14-12謝肉祭（しゃにくさい：カトリックの四旬節に先だって行われる民間の祭り）が近づきました。2-33-14-13サン・フェリーチェ伯爵は盛大（せいだい）な仮面舞踏会（かめん・ぶとうかい）を披露（ひろう）しました。2-33-14-14ローマ中（じゅう）の洒落者（しゃれ・もの）どもは、すべてそれに招（まね）かれました。2-33-14-15テレザは、とてもこの舞踏会を見たがりました。2-33-14-16そこでバンパは、自分の保護者（ほごしゃ）である家令（かれい）に向かって、テレザと自分を、お邸（やしき）の召使（めしつかい）たちのあいだにかくれてそれに出られるようにしてほしいとたのみました。2-33-14-17そして、めでたくそれをゆるされました。 2-33-14-18その舞踏会は、もともと伯爵によって、その手中（しゅちゅう）の玉（たま）である娘のカルメラ姫（ひめ）を喜ばすために催（もよお）されたものでございました。2-33-14-19カルメラ姫は、年（とし）かっこうなり身丈（みたけ）なり、ちょうどテレザと同じくらい。2-33-14-20そして、テレザは、少なくもカルメラ姫ときそい合えるほどの美しい容色（ようしょく）をもっていました。2-33-14-21舞踏会の晩（ばん）、テレザはいちばんきれいな衣装（いしょう）、いちばん贅沢（ぜいたく）なブローチ、いちばん光るガラスの飾（かざ）りを身につけました。2-33-14-22彼女は、フラスカチの女の着る衣装を持っていました。2-33-14-23バンパのほうは、ローマの百姓たちがお祭りに着る、みごとな衣服（いふく）を持っていました。 2-33-14-24二人はおゆるしが出たので、召使たちやお百姓たちのなかに交（まじ）わっていました。2-33-14-25舞踏会は、目のさめるようなすばらしさ。2-33-14-26お邸に『あかあか』と明りがついていたばかりでなく、庭の木々（きぎ）には数（かず）知（し）れぬ色（いろ）提灯（ちょうちん）がさげられていました。2-33-14-27やがて、お邸（やしき）のなかの人たちは家のなかからテラスに溢（あふ）れ、テラスから、さらに庭の小径（こみち）の上へと溢れていました。2-33-14-28四辻（よつ・つじ）になったところには、到るところに音楽があり、立ち食い場があり、飲物などが出されていました。2-33-14-29歩いていた人たちが立ち止まると、たちまちカドリーユの組が作られ、みんな気の向いたところで踊るのでした。

2-33-14-30カルメラ姫は、ソニノ女（おんな）の服装でした。2-33-14-31帽子にはすっかり真珠（しんじゅ）の刺繍（ししゅう）がされ、頭髪（とうはつ）のピンには黄金（おうごん）とダイヤモンドがちりばめられ、帯（おび）は大きな花を浮縫（うきぬい）にしたトルコ絹（きぬ）、上衣（じょうい）と裾着（すそぎ）はカシミヤ布、前掛（まえかけ）はインド産のモスリン、そしてコルセットのボタンには全部宝石がつかってございました。2-33-14-32連れ（つれ：本は伴）の二人は、一人はネテュノ女、一人はリチナ女の服装でした。 2-33-14-33ローマきっての大金持ち（おおがねもち）、しかも身分（みぶん）の高い家の子弟（してい）が四人、他の国ではなんといっても見られないほどなイタリーふうな自由な身なりで、この三人の後からついてまいりました。2-33-14-34みんなはおのおの、アルバノ、ベレトリ、チビタ・カステラナ、ソラの百姓姿（すがた）というわけでした。2-33-14-35こうした百姓姿ではございましたが、それが百姓娘の服装（ふくそう）同様（どうよう）、黄金や宝石できらめいていたことは申しあげるまでもございません。 2-33-14-36カルメラ姫は、おなじ服装をした人々で、カドリーユの組をひとつつくろうと思いつきました。2-33-14-37しかし、それには女が一人足りませんでした。2-33-14-38姫はあたりを見まわしました。2-33-14-39ところが、招（まね）かれてきた婦人たちのなかには、誰一人、自分や相手方（あいてがた）の男たちとおなじような扮装（ふんそう）をした者が見当りません。 2-33-14-40サン・フェリーチェ伯は、テレザが、百姓の女たちのあいだにまじって、バンパの腕にもたれているのを示しました。2-33-14-41『お父さま、よろしゅうございます？』と、カルメラ姫が申しました。2-33-14-42『あたりまえさ』と、伯爵は答えました。2-33-14-43『今日は謝肉祭じゃないか』。2-33-14-44カルメラ姫は、何か話しながら自分についてきている一人の青年に向かって、その少女のほうを指でしめし、何か言ってきかせました。2-33-14-45青年は、美しい手で示されたほうへ眼をうつし、畏（かしこ）まったというようすでテレザのそばへ行き、伯爵の令嬢のリードするカドリーユに出てくれまいかと頼みました。

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引用者：2016/9/26　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義