３３（１３）バンパ「狩られるククメット」

2-33-13-1その前日（ぜんじつ）彼らのあいだでは、宿営地（しゅくえいち）を変えようということになっていました。2-33-13-2夜明けに先だつ一時間前、ククメットはみんなを起（お）こして、出発（しゅっぱつ）の命令を下（くだ）しました。2-33-13-3ところが、カルリニだけは、リタの父親がどうなったかを見きわめるまで、森を離れようとはしませんでした。2-33-13-4彼は、老人を残してきたほうへ向かって行きました。2-33-13-5と、娘の墓に垂（た）れ下がっている樫（かし）の枝（えだ）の一つに、首をつっている老人のすがたを見つけました。2-33-13-6彼は老人の死骸（しがい）に向（む）かい、また娘の墓（はか）に向かって、必ず仇（あだ）を報（むく）ゆることを誓（ちか）いました。 2-33-13-7ところが、彼は、この誓いを果たすわけにはまいりませんでした。2-33-13-8と申しますのは、その日から二日（ふつか）たって、ローマの憲兵（けんぺい）と小競合い（こぜりあい）のあったとき、カルリニは殺されてしまったからのことでした。2-33-13-9敵のほうへ向かっていながら、背中を撃たれたということが、いかにも不審（ふしん）に思われました。2-33-13-10ところが、ちょうどカルリニが倒れたとき、ククメットが彼から十歩（じゅっぽ）ばかり後方（こうほう）にいたということが一人（ひとり）の山賊の口から仲間の者にささやかれました。2-33-13-11これで不審も晴（は）れたのでした。2-33-13-12フロジノーヌの森を出発する朝、ククメットは暗いなかをカルリニの後をつけて行きました。2-33-13-13そして、彼の立てた誓いを聞き、用心（ようじん）のいい男でしたので、先手（せんて）を打ったというわけでした。 2-33-13-14この恐ろしい首領については、これにくらべて劣らないほどのさらに幾つかの物語が伝えられておりました。2-33-13-15そうしたわけで、フォンディからペルーズにかけて、ククメットの名を聞いてふるえあがらないものはおりませんでした。 テレザとバンパ 2-33-13-16こうした話は、バンパとテレザの話のなかにもたびたび出ました。2-33-13-17それを聞かされると、娘はひどくこわがりました。2-33-13-18だがバンパは、とてもよく当る鉄砲（てっぽう）をたたきながら、微笑（ほほえみ）を浮（う）かべて安心（あんしん）させてやるのでした。2-33-13-19それでも娘が心配（しんぱい）しますと、彼はそこから百歩（ひゃっぽ）ばかり離れたところに、枯枝（かれえだ）に止（と）まった鴉（からす）などのいるのを指し、狙（ねら）い定めて引金（ひきがね）を引きます。2-33-13-20すると鴉は、たちまち撃たれて、その木の根元（ねもと）に落ちるのでした。 2-33-13-21ところで、そうしたうちにも時（とき）はたってまいりました。2-33-13-22二人は、バンパが二十一歳（にじゅう・いっさい）、テレザが二十歳（はたち）になるのを待って結婚（けっこん）することに定（さだ）めていました。2-33-13-23彼らは、二人ともに孤児（みなしご）でした。2-33-13-24しがって許可（きょか）といっても、主人（しゅじん）からだけもらえばいいというわけでした。2-33-13-25二人はそのことを願い出て、ちゃんとゆるしを得ておりました。 2-33-13-26ある日のこと、二人が将来（しょうらい）の計画などを話しあっていたとき、ふと二三発（に・さん・ぱつ）の銃声（じゅうせい）を耳にしました。2-33-13-27とたちまち、いつも二人が羊に草を食べさせに行く森の方から、一人の男があらわれて、二人（ふたり）の方（ほう）へかけてきました。2-33-13-28声が聞こえるところまで来ると、『追っかけられてるんだ！』と、その男が叫びました。2-33-13-29『かくしてくれ』。2-33-13-30二人は、その逃げている男がたしかに山賊にちがいないことを見て取りました。 2-33-13-31ところで、百姓（ひゃくしょう：農民：小作人）とローマの山賊とのあいだには自然の諒解（りょうかい）ができていまして、百姓は、いつも山賊をたすけてやることになっていました。2-33-13-32バンパは、なんにも言わずに、洞穴（どうけつ）の入口をふさいでいた岩のそばへかけよりました。2-33-13-33そして、岩を引きよせ、入口（いりぐち）を開（あ）けてやり、逃げてきた男に、この誰も知らないかくれ場所に身をひそめるように手真似（てまね）で示し、自分はテレザのそばにかえって腰をおろしました。 2-33-13-34ほとんど時をうつさず、馬に持った四人（よにん）の憲兵（けんぺい）が林（はやし）のふちにあらわれました。2-33-13-35そのうちの三人は、逃（に）げた男を探（さが）しているらしく、四人目の男は、つかまえた一人の山賊の頸（くび）を引きずっていました。2-33-13-36三人の憲兵は一（ひと）わたりあたりを見まわし、二人の若い者を見つけると、馬を飛ばしてやってきてたずねました。2-33-13-37二人は、何も見かけなかったと答えました。2-33-13-38『残念だな』と、一人の憲兵が言いました。2-33-13-39『探しているのは『かしら』の『やつ』なんだが』。 2-33-13-40『ククメットですか?』と、バンパとテレザは、同時に声を立てずにはいられませんでした。2-33-13-41『そうなんだ、』と憲兵は答えました。2-33-13-42『なにしいろあいつには、ローマの金で一千（いっせん）エキュついてるんだからな、もし手を貸してつかまえさせてくれたら、お前たちに五百エキュをくれてやるんだが』。2-33-13-43二人は目と目を見かわしました。2-33-13-44憲兵は、ちょっと微笑を浮かべました。2-33-13-45ローマ貨（か）の五百エキュは三千フラン（３０００Ｘ１０００＝３００万円）です。2-33-13-46三千フランという金は、これから結婚しようという二人の貧しい孤児（こじ：みなしご）にとって、たしかに一財産（ひと・ざいさん）にちがいありません。 2-33-13-47『残念（ざんねん）ですね』と、バンパは言いました。2-33-13-48『でも、僕（ぼく）たちは見かけませんでしたよ』。2-33-13-49そこで憲兵は、別の方角（ほうがく）へ向かって狩（か）り立てに行きました。2-33-13-50だが、それはなんにもなりませんでした。2-33-13-51やがて、憲兵たちは姿（すがた）を消（け）してしまいました。

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引用者：2016/9/26　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義