３３（１２）バンパ「リタの父親」

2-33-12-1ククメットは、いつものとおり見張り番を置きました。2-33-12-2山賊どもは、外套（がいとう：防寒・防雨のために服の上に着る衣服：オーバーコート）に身をくるんで、焚火のまわりにやすみました。2-33-12-3真夜中（まよなか）に、見張りの者は警報を伝えました。2-33-12-4首領も仲間も、ガバとばかりに起きました。2-33-12-5リタの父親が、娘の身代金を持って自身（じしん）でやって来たのでした。2-33-12-6『それ、』と父親は財布（さいふ）を差出しながらククメットに言いました。2-33-12-7『三百ピアストルだ。娘を返してもらいたい』。2-33-12-8だが首領は、金を受取らずに、自分のあとについてくるように知らせました。 2-33-12-9老人は、あとについて行きました。2-33-12-10二人は、月の光の洩（も）れる葉陰（はかげ）を縫（ぬ）って、林の中を行ったのでした。2-33-12-11やがてククメットは立ち止まるなり、手を差し伸べ、一本の木の根にうずくまっている二人の人影を指しました。2-33-12-12『それ、』と、彼は申しました。2-33-12-13『娘さんをカルリニからもらうがいい。2-33-12-14あの男がいろいろわけを聞かしてくれよう』。2-33-12-15こう言ってから、仲間のほうへ帰って行きました。2-33-12-16老人（ろうじん）は身動きもせず、じっと眼を据（す）えたままでした。2-33-12-17彼には、見も知らぬ、とても大きな、今まで聞いたこともないような不幸（ふこう）が頭上（ずじょう）に羽（は）ばたいてでもいるような気も落ちでした。 2-33-12-18やがて彼は、なんとも会得（えとく：理解して、すっかりじぶんのものにすること）のいかない妙（みょう）な恰好（かっこう）をしている二人のほうへ歩（あゆ）み寄（よ）りました。2-33-12-19その足音（あしおと）を聞きつけて、カルリニは頭をあげました。2-33-12-20それによって、二人の人影は、前よりはっきり老人の眼に見えだしました。2-33-12-21一人の女が、地面に横たわっておりました。2-33-12-22女の頭を、坐っている自分の膝（ひざ）にのせて、男は上から屈（かが）みこんでおりました。2-33-12-23男が身を起こしたので、いままで抱きしめていた女の顔があらわれました。2-33-12-24老人は、それが自分の娘であることを認めました。2-33-12-25そして、カルリニのほうでも、老人であることを認めました。 2-33-12-26『お待ちしていました』と、山賊はリタの父親に申しました。2-33-12-27『ばかものめ！』と、老人は申しました。2-33-12-28『なにをやりおった？』。2-33-12-29こう言いながら老人は、色（いろ）蒼（あお）ざめ、身動きもせず、胸に短刀を刺されたまま血塗れになっているリタの姿を、恐れおののきながらながめました。2-33-12-30月の光は彼女の上に射していて、その青ざめた光で女を照らしておりました。2-33-12-31『ククメットがお嬢（じょう）さんを辱（はずか）しめました』と、カルリニは申しました。 2-33-12-32『わたしは、お嬢さんをお愛ししていたので、お嬢さんをお殺ししました。2-33-12-33というのは、『かしら』につづいて、お嬢さんはみんなの者の慰（なぐさ：本は弄）みものにおなりになるはずだったからです』。2-33-12-34老人は、一言（ひとこと）もも申しませんでしたが、たちまち幽霊（ゆうれい）のようにまっ青（さお）になりました。2-33-12-35『さあ、』と、カルリニは言いました。2-33-12-36『あっしのしたことが悪かったら、どうかお嬢さんの仇（あだ）をお討ちください』。2-33-12-37こう言いながら、彼は少女の胸から短刀（たんとう）を引き抜き、立ちあがると、片手でそれを老人の前に差し出し、一ぽう（いっぽう）の手では上衣（じょうい）の胸をひろげ、裸の胸を出しました。 2-33-12-38『よくやってくだすった』と、老人は低い声で申しました。2-33-12-39『接吻してもらおう、わしの息子（むすこ）よ』。2-33-12-40カルリニは涙にせきこみながら、恋人（こいびと）の父の腕に身を投げ入れました。2-33-12-41これこそは、この命（いのち）知らずの男の流した生まれてはじめての涙でした。2-33-12-42『さあ、』と、老人はカルリニに申しました。2-33-12-43『これから娘を埋（う）めるのを手伝（てつだ）ってもらおう』。2-33-12-44カルリニは、『鶴（つる）はし』を二本探しに行きました。2-33-12-45そして、父と恋人とは、一本の樫の木の根かたの土を掘りはじめました。2-33-12-46そのこんもりとした蔭（かげ）に、少女の墓をつくってやろうと思ってでした。

2-33-12-47墓が掘られると、父がまず娘に接吻し、次に恋人が接吻しました。2-33-12-48それから一人は足を抱（かか）え、一人は肩（かた）を抱え、穴のなかへ下ろしました。2-33-12-49そして二人は右と左に跪（ひざまず）いて、死者の祈りを唱（とな）えました。2-33-12-50それがすむと、二人は、穴が一杯（いっぱい）になるまで、死骸の上に土をかけました。2-33-12-51それから老人は手を伸べました。 2-33-12-52『わたしの息子よ、ありがとう！』と、老人はカルリニに申しました。 2-33-12-53『さ、これからわしだけにしておいてもらおう』。 2-33-12-54『でも・・・・』と、カルリニは申しました。 2-33-12-55『ほっといてもらおう。2-33-12-56わしの申しつけだ』。 2-33-12-57カルリニは言葉に従って仲間のところへ行き、外套のなかにくるまって、やがてほかの者同様、ぐっすり寝（ね）こんだようでした。

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引用者：2016/9/25　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義