３０（６）飛び出して行ったジュリー

2-30-6-1ジュリーはためらった。2-30-6-2そして、相談してみようと決心をした。2-30-6-3だが、彼女が助けを求めたのは、母でもなければ兄でもなかった。2-30-6-4不思議（ふしぎ）な気持の働きで、彼女はエマニュエルにたずねてみようとしたのだった。2-30-6-5階下（かいか）へおりて行った彼女は、彼に、トムスン・アンド・フレンチ商会の代表者が父の許（もと）を訪れた日に起こったことを話してきかせた。2-30-6-6彼女は階段でのできごとを話し、彼女がした約束（やくそく）のことを話してから、手紙を出して見せた。 2-30-6-7「お嬢（じょう）さま、おいでにならなければいけません」と、エマニュエルが言った。2-30-6-8「行くの？」と、ジュリーはつぶやくように言った。2-30-6-9「そうです。このわたしがお伴（とも）しましょう」。2-30-6-10「だって、一人でなくてはいけないと書いてあるじゃなくて？」と、ジュリーが言った。2-30-6-11「一人でおいでになることになるのです」と青年は答えた。2-30-6-12「わたしはミュゼー町の角（かど）でお待ちしています。2-30-6-13そして、お帰りが遅（おそ）くなって気がかりになってきたら、後から行ってみることにします。2-30-6-14お引き受けします。2-30-6-15お苦しめするようなやつがいたら、片っ端（かたっぱし）から『こっぴどい』目に会わせてやります！」。 2-30-6-16「では、エマニュエルさん、」と、ためらいながら娘は言った。2-30-6-17「言われたとおりに出かけたほうがいいと言うのね？」。2-30-6-18「ええ、使いの者は、お父さまの御運命（ご・うんめい）にかかわることだと言ったのですから」。2-30-6-19「でもねえ、エマニュエルさん、お父さまはどんな危険（きけん）な目におあいになるっていうのかしら？」と、娘はたずねた。2-30-6-20エマニュエルは、ちょっとためらった。2-30-6-21だが、一（ひと）いきに、そして即座（そくざ）に、娘に決心（けっしん）させたい気持のほうが勝利（しょうり）をしめた。2-30-6-22「ねえ」と、彼は言った。2-30-6-23「今日（きょう）は九月五日でしたね？」。 2-30-6-24「ええ」。2-30-6-25「今日（きょう）の十一時に、お父さまはおよそ三十万フラン（３億円）の金を支払いにならなければならないのです」。2-30-6-26「ええ、それはちゃんと知っていますわ」。2-30-6-27「ところが、」と、エマニュエルは言った。2-30-6-28「金庫（きんこ）には一万五千フラン（１５００万円）とないのです」。2-30-6-29「そうすると、いったいどんなことになりますの？」。2-30-6-30「今日十一時までに、お父さまに力（ちから）を貸（か）す人がやってこなかった場合、おひるには、お父さまはいやおうなしに破産（はさん）の申し出をなさらなければなりません」。 2-30-6-31「おお、では早くいっしょにきて！」と、娘は青年を引っぱりながら叫んだ。2-30-6-32こうしたあいだに、モレル夫人は万事（ばんじ）を息子（むすこ）に話してきかせていた。2-30-6-33青年としては、父親の身に次から次と災難（さいなん）がふりかかった結果（けっか）、家計（かけい）に著（いちじる）しい変化（へんか）の起こったことだけは知っていたものの、これほどまでとは知らずにいた。2-30-6-34そして、ぼうぜん自失（じしつ）してしまったかたちだった。2-30-6-35彼は、急に室（しつ）を飛（と）び出すと、足早（あしばや）に階段を上って行った。2-30-6-36父が事務室にいると思ってだった。2-30-6-37だが、いくら叩（たた）いても、なんの返事（へんじ）も聞かれなかった。2-30-6-38彼が室の扉を叩（たた）いていると、室の戸のあく音がした。2-30-6-39ふり返って見ると、父だった。2-30-6-40モレル氏は、事務室へは帰らずに、自分の室にはいり、いまそこから出てきたところだった。

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ささくら修道会必読書
引用者：2016/7/10、9/10　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義