３０（７）見つかるのを恐れていた

2-30-7-1モレル氏は、マクシミリヤンの姿を見ると、おどろきの叫びをあげた。2-30-7-2彼は、青年の帰ってきたことを知らずにいた。2-30-7-3彼は、フロックコートの下にかくしたものを左手でおさえながら、そのままその場に立ちすくんだ。2-30-7-4マクシミリヤンは、急いで階段を降り、父の頸（くび）にかじりついた。2-30-7-5だが、父の胸に当てた右手をそのまま、急にうしろへ引きさがった。2-30-7-6「お父さん、」と、彼は、まるで死のように色青ざめて言った。2-30-7-7「なぜまた、ピストルを二挺（にちょう）もフロックの下にかくしておいでなんです？」。2-30-7-8「見つかりはせぬかとおそれていた！」と、モレル氏は言った。 2-30-7-9「お父さん！お父さん！どうなすったのです！2-30-7-10このピストルはなんのためです？」と、青年が叫んだ。2-30-7-11「マクシミリヤン、」と、モレル氏は、息子の顔を見つめながら答えた。2-30-7-12「お前は男だ、恥（はじ）を知る男だ。2-30-7-13くるがいい、わけを話してきかすから」。2-30-7-14そして、モレル氏は、しっかりした足取りで、事務室のほうへあがって行った。2-30-7-15マクシミリヤンはよろめきながら従った。2-30-7-16モレル氏は、戸を開け、息子を中に入れてからそれを閉めた。 2-30-7-17それから、控（ひか）えの間（ま）をとおり、机のそばへ寄（よ）り、その隅（すみ）にピストルを置いてから、開いてあった帳簿を息子に示した。2-30-7-18帳簿の上には、正確な財産（ざいさん）状態が記（しる）されていた。2-30-7-19モレル氏は、あと半時間（はんじかん：３０分）で、二十八万七千五百フランの金を支払わなければならなかった。2-30-7-20ところで有金（ありがね）は、全部で一万五千二百五十フランに過ぎなかった。2-30-7-21「読んでごらん」と、モレル氏は言った。2-30-7-22青年は読んでみた。2-30-7-23そして、しばらく打ちのめされたようだった。2-30-7-24モレル氏は、一言（ひとこと）も口をきかなかった。2-30-7-25こうしたのっぴきならぬ数字にたいし、いまさらなんのつけ加うべきことがあるだろう？ 2-30-7-26「で、お父さん、こんな情（なさ）けないことになるまでじゅうぶん手をお尽（つく）しになりましたか？」と、青年はしばらくしてから言った。2-30-7-27「うむ」と、モレル氏は答えた。2-30-7-28「金のはいる『あて』はないのですね？」。2-30-7-29「ない」。2-30-7-30「掻（か）き集められるだけお集めになったのですね？」。2-30-7-31「あらんかぎり」。2-30-7-32「そして半時間すると、家名（かめい）に傷（きず）がつくことになるのですね！」と、マクシミリヤンは沈（しず）んだ声で言った。 2-30-7-33「血は、不名誉（ふめいよ）を洗ってくれる」と、モレル氏が言った。2-30-7-34「そうです、お父さん、お心はわかります」。2-30-7-35そして、ピストルのほうへ手を差し伸べながら、「あなたのが一挺（いっちょう）、わたしのが一挺」と、言った。2-30-7-36「ありがとうございました！」。2-30-7-37モレル氏はその手をおさえた。2-30-7-38「そんなことをして、お母さんや・・・・それに妹はどうなるんだ・・・・誰が養（やしな）っていくとおもう？」。2-30-7-39青年は全身（ぜんしん）をふるわせた。 2-30-7-40「お父さん、」と、彼は言った、「あなたはわたしに生きていろとおっしゃいますか？」。2-30-7-41「そうだ、生きていろと言うのだ」と、モレル氏は答えた。2-30-7-42「それがお前の義務（ぎむ）なのだ。2-30-7-43お前は落ちついた、気象（きしょう：性分）のしっかりした男だ・・・・マクシミリヤン、お前は並々（なみなみ）の男とはちがっているのだ。2-30-7-44だから、わたしはお前になにひとつ命令しない。2-30-7-45ただこう言いたい、お前は無関係な者として自分の位置を考え、お前自身で判断してほしい」。

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ささくら修道会　必読書「モンテクリスト伯」
引用者：2016/7/10、9/10　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義