３０（３）モレル ３０（３）モレル
| 2-30-3-1モレル氏は、帳簿（を調べ、紙入れを開（あ）け、金（かね）をかぞえた。2-30-3-2有り金（ありがね）全部（ぜんぶ）で七八千（しち・はっせん）フラン、五日までにはいる金が四五千（し・ごせん）フラン、したがって二十八万六千五百フランの手形にたいして、多く見積（みつ）っても、有り金一万四千フランという状態だった。2-30-3-3そして、これっぱかりの内金（うちきん）は、とても差出しようがないのだった。2-30-3-4だが、晩餐（ばんさん：夕食）に下（お）りて来たときのモレル氏は、かなり落ちついているらしいようすだった。2-30-3-5それでいて、この冷静（れいせい）さは、最大の落胆（らくたん）にもまして、さらに二人の女をおびえさせた。 2-30-3-6晩餐後には外出するのがモレル氏の習慣（しゅうかん）だった。2-30-3-7彼は、フォセアン倶楽部（くらぶ）へコーヒーを飲みに行き、『セマフォール』紙（し）を読むことにしていた。2-30-3-8だが、その日は外出（がいしゅつ）もせず、そのまま自分の事務所へあがって行った。 2-30-3-9コクレスは、まるで気抜（きぬ）けでもしたというようだった。2-30-3-10数時間というもの、彼は三十度の太陽（たいよう）の下で、帽子もかぶらず、中庭（なかにわ）の石に腰（こし）かけていた。2-30-3-11エマニュエルは、女たちの心を落ちつけてやろうとしたのだが、思うように口がきけなかった。2-30-3-12彼は、家の中の事情に通じていた。2-30-3-13したがって、大きな災厄（さいやく）がモレル一家（いっか）の上におしかぶさってきていることを感じないではいられなかった。 2-30-3-14夜になった。2-30-3-15二人の女は、事務室からおりてくるモレル氏が、きっと自分たちのところへ来るだろうと思って起きていた。2-30-3-16だが、モレル氏は、呼びこまれることを恐れてのことだろう、足音（あしおと）を忍（しの）ばせて彼女たちの室の戸の前を通って行ったのが聞こえた。2-30-3-17彼女たちは耳を澄（す）ました。2-30-3-18モレル氏は、自分の室にはいって、なかから戸を閉（と）ざした。2-30-3-19モレル夫人（ふじん）は娘を寝かせにやった。2-30-3-20そして、ジュリーが出て行って半時間（はんじかん：３０分）ばかりすると、夫人は立ち上がって靴（くつ）を脱ぎ、夫がなにをしているかを鍵穴（かぎあな）からのぞいて見ようと思って、そっと廊下（ろうか）へ出た。 2-30-3-21廊下に出ると、彼女は立ち去ってゆく人影（ひとかげ）を認めた。2-30-3-22ジュリーだった。2-30-3-23同じく心配していた彼女は、母より先にきていたのだ。2-30-3-24娘は、モレル夫人のそばへよった。2-30-3-25そして、「なにか書いていらしってよ」と、言った。2-30-3-26二人の女は言葉をかわすことなくわかりあった。2-30-3-27モレル夫人は、鍵穴のところまで身を屈（かが）めてのぞいてみた。2-30-3-28モレル氏は、まさに書きものをしていた。2-30-3-29だが、モレル夫人は、娘の気のつかなかったことにも気がついた。2-30-3-30夫は、証書の形式をした紙の上に、ペンを走らせていたのだった。 2-30-3-31遺言状（ゆいごんじょう）を作っておいでだ！2-30-3-32この恐ろしい考えが彼女の頭にひらめいた。2-30-3-33彼女は、全身を『がたがた』ふるわせた。2-30-3-34だが、じっとこらえて声に出しては言わなかった。 2-30-3-35翌日のモレル氏は、すっかり落ちついているようだった。2-30-3-36いつものとおり事務室に籠（こも）り、いつものとおり昼食（ちゅうしょく）におりてきた。2-30-3-37だだ、晩餐の後で、彼は娘を自分のそばに坐らせて、頭を両腕に抱えながら長いあいだ自分の胸に押し当てていた。2-30-3-38その晩、ジュリーは、母に向かって、うわべは落ちついているように見えていたが、父の心臓（しんぞう）が烈（はげ）しく鼓動（こどう）していたことを話して聞かせた。2-30-3-39おなじようにして、さらに二日（ふつか）が過ぎた。 |
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引用者：2016/7/10、9/9 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義