２８（２）手数料について

2-28-2-1ボビル氏の顔には、さっと喜びの色が浮かんだ。2-28-2-2だが、彼はぐっと心を落ちつけて言った。2-28-2-3「ですが、前もって申し上げておきますが、たといどれほどうまくいきましても、この金高（きんだか）の六分の一（ろくぶんのいち）もお手に入らないだろうと思いますが」。2-28-2-4「それはわたしの知ったことではないのでして」と、イギリス人は答えた。2-28-2-5「それは、わたしが代表（だいひょう）して事に当っているトムスン・アンド・フレンチ商会の問題です。2-28-2-6店のほうでは、競争者の破滅を早めるのを利益と思っているかもしれません。 2-28-2-7わたしにわかっておりますのは、あなたに名義（めいぎ）の書き換えをしていただき、それと交換にその金額をすぐお支払い申すことだけです。2-28-2-8ただ、手数料だけは頂戴（ちょうだい）したいと思いますが」。2-28-2-9「とうぜんのことで！」と、ボビル氏は叫んだ。2-28-2-10「普通一分五厘（いちぶ・ごりん：１５％）になっていますが、お望みは二分（にぶ：２０％）でしょうか？2-28-2-11それとも三分（さんぶ：３０％）でしょうか？2-28-2-12或（ある）いは五分（ごぶ：５０％）？2-28-2-13もっとお望みになりましょうか？2-28-2-14お聞かせください」。2-28-2-15「あなた、」と、イギリス人は笑いながら言った。 （日本の利息の単位「分」：ぶ：十分の一の意味。厘：りん：分の十分の一） 2-28-2-16「わたしも、手前（てまえ）の店と同じように、そういったお取引はしないことに致しております。2-28-2-17手数料と申しましたのは、ぜんぜん別の性質のものでして」。2-28-2-18「お聞かせください。2-28-2-19承（うけたまわ）りましょう」。2-28-2-20「あなたは刑務（けいむ）検察官（けんさつかん）をしておいでですな？。2-28-2-21「かれこれ十四年以上やっております」。2-28-2-22「囚人（しゅうじん）の出入（でいり）を記（しる）した記録をお持ちですな？」。2-28-2-23「当然」。2-28-2-24「その帳簿（ちょうぼ）には、囚人に関する記録があるはずですが？」。2-28-2-25「囚人の一人（ひとり）一人について調書（ちょうしょ）があります」。 2-28-2-26「じつは、わたしはローマにおりますとき、或（あ）る司祭（しさい：カトリック教会の聖職者）さんに育てられたのですが、その人が、突然（とつぜん）姿をかくしてしまいました。2-28-2-27その後（ご）聞いたところではシャトー・ディフに幽閉（ゆうへい）されたということですが、その死について、ニ三（にさん）詳（くわ）しい点を伺（うかが）いたいと思いまして」。2-28-2-28「なんとおっしゃる方（かた）でしょう？」。2-28-2-29「ファリア司祭」。2-28-2-30「あっ！はっきりおぼえております！」と、ボビル氏は叫んだ。2-28-2-31「気ちがいになっておいででした」。2-28-2-32「そういう噂（うわさ）を聞きました」。2-28-2-33「まさに正真正銘（しょうしん・しょうめい）の気ちがいでした」。 2-28-2-34「或いはそうかもしれません。2-28-2-35で、どんなふうな気ちがいで？」。2-28-2-36「莫大な財宝（ざいほう）のありかを知っておいでということで、自由な体（からだ）にしてくれたら、政府にとほうもない金額を寄附（きふ）しようといっていました」。2-28-2-37「かわいそうに！その人はなくなりましたか？」。2-28-2-38「さよう、まだ五六（ご・ろく）ヶ月にしかなりますまい。2-28-2-39この二月のことでした」。2-28-2-40「月（つき）まで覚えておいでとは、なんとも御記憶のいいことで」。2-28-2-41「いや、じつはそれを覚えていますのも、あの気の毒な男が死んだとき、ふしぎな事件が起こったからで」。2-28-2-42「それをお聞かせ願えませんか？」と、イギリス人は好奇（こうき）の表情をしめしながらたずねた。2-28-2-43もしもそこに注意深い傍観者（ぼうかんしゃ）がいたら、さだめし冷静な彼の面（めん：おもて）にそうした色の浮かぶのを見て、怪しみ驚きもしただろう。

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引用者：2016/9/4　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義