２７（２）老人の祈りを言葉では

2-27-2-1「そこでです。2-27-2-2ダンテスがつかまると、モレル氏はようすをたずねに行きました。2-27-2-3が、それはかなり絶望的なものでした。2-27-2-4爺（じい）さんは、ただひとり家に帰って、涙（なみだ）ながらに式服（しきふく）を畳（たた）み、一日中（いちにちじゅう）部屋の（へや）のなかを往（い）ったりきたりして、晩（ばん）になっても横になろうとしませんでした。2-27-2-5わたしはちょうどその階下（かいか）の室（しつ）に住んでいましたからよく存じているのですが、一晩中（ひとばんじゅう）歩いているのが聞こえました。2-27-2-6わたしまでが、まんじりともしなかったんでございますよ。2-27-2-7かわいそうな爺さんの嘆（なげ）きを見ると、たまらなくなってしまいましてね。2-27-2-8そして爺さんの歩いている一足（ひとあし）一足が、まるでこの胸の上をふんででもいるかのように、わたしの心臓を痛めつけずにはいませんでした。 2-27-2-9翌日、メルセデスはマルセイユへ出かけて、ビルフォールさんにおとりなしを願いました。2-27-2-10ですが、なに一つ聴（き）き入れてはいただけない。2-27-2-11が、その足で、女は老人のところへ訪（たず）ねてきました。2-27-2-12そして、老人がベッドにもつかずに夜を明かし、前日（ぜんじつ）から食事もしないほど沈（しず）みきって、『がっかり』しているようすを見ると、自分の家へつれて行って世話（せわ）をしようとしたのでした。2-27-2-13だが老人は、どうしても『うん』と言いませんでした。 2-27-2-14『いや、わしはこの家を去るまい、かわいそうな倅（せがれ：ダンテスのこと）がなによりも愛しているのはこのわしだ。2-27-2-15牢屋（ろうや）を出て、まず会いに飛んでくるのもこのわしだ。2-27-2-16わしがここで待っていてやらなかったら、あれはなんというだろう？』といいましてね。 2-27-2-17わたしは、階段の上のところで一部始終（いちぶしじゅう：意味は「ぜんぶ」）聞いていましたが、どうかメルセデスが老人を納得（なっとく）させて、つれて行ってくれるようにと思っていました。2-27-2-18じつは、毎日（まいにち）毎日頭（あたま）の上で、『ずしんずしん』と足音（あしおと）がするので、まるで胸の上をふまれてでもいるように、気の休まるときといったらなかったんで」。2-27-2-19「ですが、あなたは老人のところへあがって行って、慰（なぐさ）めてやりはしませんでしたか？」と、司祭はたずねた。 2-27-2-20「それがあなた！」と、カドルッスは答えた。2-27-2-21「慰めてもらいたいと思っている人間でなければ、慰めてやることもできませんので。2-27-2-22老人は、慰めてもらいたくなかったんでございますよ。2-27-2-23それに、わたしにはなぜだかわかりませんが、なんだかわたしに会うのが厭（いや）なようすでした。2-27-2-24でもある晩、老人のすすり泣いているのを聞くと、どうにもがまんができなくなって、わたしは上がって行きました。2-27-2-25が、戸口まで行くと、老人はもう泣くのをやめていて、お祈りをはじめていました。2-27-2-26そのときのすばらしい言葉と悲しそうな願いの言葉といったら、とてもここでくり返して申しあげられるものではございません。2-27-2-27もう恩愛（おんあい）以上のものでございました。 2-27-2-28かなしみ以上のものでした。2-27-2-29で、熱心な信仰の持ち合わせもなく、ジェズイット（エスイタ派に属する教徒：イエズス会：ジェズイット (Jesuit) 教団とも）嫌（きら）いだったわたしにしても、そのとき腹のなかで考えました。2-27-2-30このおれがひとりぽっちで、神さまから子供をお授けいただかなかったのはありがたい話だ。2-27-2-31これがもし人の親になっていて、あのかわいそうな老人と同じような嘆きを見るようなことになりでもしたら、いくら頭をひねって考えても、あの老人が神さまに申しあげているような言葉は見つからなかったことだろう、そして、長い苦しみをしまいと思って、きれいさっぱり海に身でも投げっちまったことだろう、ってね」。2-27-2-32「かわいそうに！」と、司祭はつぶやいた。

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引用者：2016/8/29　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義