２５（４）十五年目の帰省

2-25-4-1一人の憲兵（けんぺい）が、検疫船（けんえきせん）に乗ってやってきたとき、彼は一瞬（いっしゅん）ゾッとせずにはいられなかった。2-25-4-2だが、彼はたちまち落ちつきを取りもどし、リブールヌで買っておいたイギリス人の旅行（りょこう）免状（めんじょう）を出して見せた。2-25-4-3そして、フランスでは、本国の免状（めんじょう）以上（いじょう）の尊敬の払われているこの外国旅券のおかげで、彼は、なんの苦もなく上陸（じょうりく）することができた。

2-25-4-4カヌビエールに上陸したダンテスにとって、まず目にはいったのは、ファラオン号の船員の一人だった。2-25-4-5それは以前（いぜん）彼の部下として働いていた男で、さもダンテスに、彼がどれほど変っているかを確かめさせようとしてあらわれたとでもいうようだった。2-25-4-6ダンテスは、その男のほうへ進みよっていろいろたずねた。2-25-4-7だが、その男の言葉にも、顔つきにも、こうやって自分に言葉をかけているのが、前に会った男であると気のついたようすは少しもなかった。 2-25-4-8ダンテスはいろいろ教えてもらった礼として、男に一枚の貨幣（かへい）を与えた。2-25-4-9するとまもなく、男は彼を追っかけてきて、彼を呼ぶ声が耳にはいった。2-25-4-10ダンテスはふり返った。2-25-4-11「ごめんください」と、男が言った。2-25-4-12「おまちがえになったと思いますが。2-25-4-13四十スー（４０Ｘ５０＝２０００円）くださるおつもりだったんでしょう。2-25-4-14これは四十フラン（４万円）で」。2-25-4-15「なるほど、」と、ダンテスは言った。2-25-4-16「まちがえましたよ。2-25-4-17だが、それほど正直（しょうじき）なあなたにたいして、どうしても褒美（ほうび）をあげずにはいられませんな。2-25-4-18さ、もう一枚あげましょう、2-25-4-19これでお友だちといっしょに、わたしの健康のために一杯（いっぱい：お酒を飲むこと）やってくださいよ」。2-25-4-20船員は驚いて、ダンテスを見つめ、礼を言うことさえ忘れていた。2-25-4-21そして、彼の立ち去って行くのを見おくりながら、「インドからきたお大名（おだいみょう：儲かっている会社のオーナー社長）とでもいうんだろう」と言った。 2-25-4-22ダンテスは道をつづけた。2-25-4-23一足（ひとあし）ごとに、彼の心は新しい感激に堪（た）えきれなかった。2-25-4-24あらゆる幼年（ようねん）時代の思い出、消えることなく永遠（えいえん）に彼の心を占（し）めていた思い出が、いたるところの広場の隅（すみ）、いたるところの町角（まちかど）、いたるところの四辻（よつつじ）の車止（くるまどめ）（車が建造物に直接打ち当らないために設けた石柱）ごとによみがえってきた。 2-25-4-25ノワイユ町のはずれまできて、アレ・ド・メランを望み見たとき、彼はまさに膝（ひざ）が崩（くず）れそうな気持になった。2-25-4-26そして、危うく馬車の轍（わだち）にふれさえしかけた。2-25-4-27やがて彼は、前に父の住んでいた家まできた。2-25-4-28かつて、父の手が丹精（たんせい）にその格子を編んでいたあの屋根裏の部屋のあたりには、もう『おはぐろ』花や金蓮花（きんれんか）も見られなかった。

2-25-4-29彼は、一本の木に身をもたせた。2-25-4-30そして、しばらくのあいだ、もの思わしげなようすで、この貧しい小さな家の、その一番上の階を見あげていた。2-25-4-31やがて、彼は戸口（とぐち）のほうへ行き、中へはいって行くなり、空（あ）いた室はないだろうかとたずねた。2-25-4-32そして、ふさがっていてもいから、六階の室を見せてもらいたいと言いはった。2-25-4-33結局、門番（もんばん：管理人）はあがって行って、人から頼まれたと言って、現在そこに住んでいる人たちから、その六階の二つの室を見せてもらうゆるしを得てきた。2-25-4-34その小さな住居に住んでいたのは、若い、わずか一週間前に結婚したばかりの夫妻（ふさい）だった。2-25-4-35二人の若い夫妻を見ながら、ダンテスは、思わず深い溜息（ためいき）をもらした。

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引用者：2016/8/25　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会