２４（３） ２４（３）
| 2-24-3-1ダンテスは、喜びと驚きとに声をたてた。2-24-3-2ただ一回（いっかい）の試みでこれほどみごとな結果が得られたことは、これまでかつてないことだった。2-24-3-3彼はつづけようと思った。2-24-3-4だが、脚（あし）ははげしくふるえ、胸ははげしく波打ち、燃えるような一抹（いちまつ）の雲が眼にかかって、いやでも手を止めなければならなかったのだが、こうした躊躇（ちゅちょ）も、わずかな電光（でんこう）一閃（いっせん）の間（ま）に過ぎなかった。 2-24-3-5ダンテスは、『てこ』を輪のなかに通し、力をこめてそれをもちあげた。2-24-3-6すると、石は封印（ふういん）を解かれて口（くち）をあけ、そこに急な傾斜面（けいしゃめん）のあるのを見せた。2-24-3-7それは、階段のようになっていて、進むにつれて暗くなっている洞穴（どうけつ）の闇（やみ）につづいていた。2-24-3-8他のものだったら、すぐ飛びこんで歓呼（かんこ）の声をあげたにちがいない。2-24-3-9だが、ダンテスはふみこたえた。 2-24-3-10ハッと顔色（かおいろ）を変えながら疑（うたぐ）ってみた。2-24-3-11《さあ、》と、彼は思った。2-24-3-12《おれは男らしくしよう！2-24-3-13これまで、いつも逆境（ぎゃっきょう）に馴（な）らされてきたこのおれは、いまさら絶望（ぜつぼう）によって打ち倒されたりしないようにしよう。2-24-3-14それでなければ、いままで苦しんできたことの意味がなくなってしまう！2-24-3-15生温（なまあたた）かい息吹（いぶき）の希望によって心を度（ど）はずれに膨（ふく）らますと、それがいったん冷たい現実にたちもどり、そのなかに閉じこもらなければならなくなるが早いか、たちまち破れてしまわざるを得ない！ 2-24-3-16ファリア司祭（しさい）は、夢を見ていたのだ。2-24-3-17枢機員（すうきいん）スパダはこの洞穴のなかになにも埋めてはおかなかったのだ。2-24-3-18或いは、ここへこなかったかもしれないのだ。2-24-3-19いや、或いはきたとしたところで、あの不敵な男、飽（あ）くことを知らぬ陰険（いんけん）なセザール・ボルジアがそのすぐあとからやってきて、痕跡（こんせき）を見つけ出し、おれの発見したのと同じ目じるしをたどり、おれのしたようにこの岩を持ちあげ、おれより先になかへはいって、あとからやって来たおれには何一つ残しておかなかったかもしれないのだ》。 2-24-3-20彼はしばらく、この薄暗い、どこまでつづいているかわからない入口（いりぐち）にじっと目をそそいで、身動きもせずに考えこんでいた。 2-24-3-21《さて、こうやって、もうなんの期待ももたず、希望をつなぐことがばかげたことだと思いこむことのできたいま、これからさきのことは、おれにとって、ただ好奇心（こうきしん）を満足させるというだけなのだ》。 2-24-3-22彼は、なおもじっとして考え耽（ふけ）っていた。 2-24-3-23《そうだ、そうだ、これこそあの王家（おうけ）の名につながる大盗人（おおぬすっと：セザール・ボルジア）の、光と暗の入りまじった生涯（しょうがい）、その波瀾（はらん）に満ちた一生（いっしょう）を織（お）りなす怪奇（かいき）なできごとの一つとしてふさわしい。2-24-3-24そうした夢のようなことは、とうぜんほかのさまざまなこととの関連（かんれん）においてはじめて考えられることなのだ。 2-24-3-25そうだ、ボルジアは或る晩、片手（かたて）に炬火（きょか：たいまつ）、片手に剣（つるぎ）を持ってここへやって来たにちがいない。2-24-3-26彼から二十歩ばかり離れたところには、おそらくこの岩の下のあたりに、暗く、怖ろしげなようすをした警吏（けいり）が二人（ふたり）、天と地と海とを警戒しながら立っていて、いまおれがやろうとしているように、自分たちの主人が、手に炬火をかざし、暗を払いのけながらこのなかにはいって行くのを見ていたにちがいない。2-24-3-27そうだ。だが、それらの秘密を知っていた警吏たちを、ボルジアはどうしてしまったろう？》と、ダンテスは考えた。 2-24-3-28《彼らは、アラリック（ビジゴートの王）を生き埋めにした者たちとおなじ運命をたどったにちがいない。2-24-3-29埋められる者といっしょに生き埋めにされてしまったのだ》と、彼は微笑しながらわれとわが胸に答えて言った。 2-24-3-30《だが、もし彼がやってきたとすれば、》とダンテスはつづけた。2-24-3-31《彼は宝を見つけてそれを取って行ったにちがいない。2-24-3-32イタリーを朝鮮薊（ちょうせん・あざみ）にたとえ、それを一枚ずつ食っていったボルジアのことだ、岩をわざわざ元の土台の上に据えるためにむだに時間を費やすようなことはしなかったにちがいない。2-24-3-33なにしろおりてみよう》。 2-24-3-34彼はおりて行った。2-24-3-35口辺（こうへん：口のあたり）には疑惑の微笑を浮かべ、人間の持つ智慧（ちえ）の最後の言葉《おそらく！》の一語（いちご）を口（くち）につぶやきながら・・・・。 |
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引用者：2016/8/22 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義