２３（５）喜んで残ってやる

2-23-5-1一時間の後（のち）に、みんなはふたたびやってきた。2-23-5-2それまでにダンテスにできたことは、苔（こけ）の生（は）えた一つの岩のところまで十尺（３ｍ）ばかり体をいざらせ、それに体をもたせかけるということだった。2-23-5-3ダンテスの痛みは、おさまるどころかさらに烈（はげ）しさを加えたよいうだった。2-23-5-4だが、朝のうちにここを発（た）ち、ピエモンとフランスとの国境（こっきょう）、ニスとフレジェスとのあいだに積荷（つみに）をおろさなければならなかった船長は、なんとしてでもダンテスに起きてもらおうとした。2-23-5-5この頼みを容（い）れるつもりで、ダンテスはあらんかぎりの努力（どりょく）をした。2-23-5-6だが、そうするたびに、顔は蒼（あお）ざめ、呻（うめ）き声をあげて倒れてしまった。 2-23-5-7「腰（こし）をくじいたんだ」と、船長は低い声で言った。2-23-5-8「いいさ！おれにとって大切（たいせつ）な友だちだ。見捨（みす）てたりなんぞできるものか。2-23-5-9なんとかして船まで運（はこ）ぼう」。2-23-5-10だが、ダンテスはちょっと身を動かしただけでもこれほど体が痛（いた）むのだ、むしろ自分は、いまいるところでこのまま死んでしまったほうがいいとまで言い出した。2-23-5-11「よかろう、」と、船長は言った。2-23-5-12「どんなことが起こるにしても、君みたいな気立（きだ）ての好（よ）い仲間を、看護（かんご）するものなしに捨（す）てては行けない。2-23-5-13出発を晩（ばん）まで延（の）ばそう」。 2-23-5-14この言葉は乗組（のりくみ）の連中（れんちゅう）を非常（ひじょう）に驚かした。といって反対（はんたい）するものは一人もなかった。2-23-5-15船長は、とても厳格（げんかく）な男だった。2-23-5-16計画をやめたり、実行（じっこう）を延ばしたりすることなど、これが初めてのことだった。2-23-5-17ダンテスは、自分一人（ひとり）のために、船の掟（おきて）にそうした甚（はなはな）だしい違反（いはん）をしてもらいたくないと思った。 2-23-5-18「そうです、」と、彼は船長に言った。2-23-5-19「わたしが『どじ』をやったんです。2-23-5-20『どじ』のむくいは、とうぜんわたしが受けるはずです。2-23-5-21ビスケットを少しばかり、それを仔山羊を殺したり、また身をまもるために、鉄砲（てっぽう）、火薬（かやく）、散弾（さんだん）、それに、迎（むか）えにきてくださるのが後（おく）れるようなら、ちょっとした家のようなものでも建（た）てるために、『鶴はし（つるはし：土砂・岩石などを掘り起こすのに使う鉄製の道具。鶴のくちばしのように両端がとがり、中央に柄がある）』を一挺（いっちょう）置いて行っていただけませんか」。

2-23-5-22「だって、餓（う）え死（じに）をしてしまうじゃないか」と、船長が言った。2-23-5-23「むしろ、そのほうがけっこうです」と、ダンテスが答えた。2-23-5-24「ちょっと体を動かしただけで、こんなにひどく痛むのですから」。2-23-5-25船長は船のほうをふり返った、船は、小さな港のなかで、出帆（しゅっぱん）準備（じゅんび）に取りかかりながら身をゆすらせ、化粧（けしょう）さえ済（す）めばすぐにも海へ乗り出せるといった風情（ふぜい）を見せていた。 2-23-5-26「じゃ、いったいどうしたらいいというんだ！」と、船長が言った。2-23-5-27おれたちは君（きみ）をこんなふうに捨（す）てて行くわけにもいくまいし。2-23-5-28といって、このままここにもいられないし」。2-23-5-29「行ってください！2-23-5-30行ってください！」と、ダンテスが叫んだ。2-23-5-31「おれたちは少なくも一週間はこられまい」と、船長は言った。2-23-5-32「それに、君をつれにくるためには、遠回（とおまわ）りをしなければならないし」。2-23-5-33「こうしてください」と、ダンテスが言った。 2-23-5-34「もしいまからニ三日（に・さんにち）して、この辺（へん）にやってくる漁船（ぎょせん）にでもお会（あ）いでしたら、わたしのことを頼んでください。2-23-5-35リブールヌ（Ｇｏｏｇｌｅはリボルノ）まで帰らせてくれたら二十五ピアストル（２５Ｘ１０Ｘ１０００＝２５万円）やりましょう。2-23-5-36もし船にお会いでなかったら、そのときはつれに帰ってきていただきましょう」。2-23-5-37船長は首（くび）をふった。 2-23-5-38「船長、こうすれば双方（そうほう）うまくまとまりますぜ」と、ジャコポが言った。2-23-5-39「あなたはいらっしゃい。2-23-5-40わたしがいっしょに残って看護してやろうじゃありませんか」。2-23-5-41「では、おれといっしょに残って、分（わ）け前（まえ）がもらえなくてもいいのかね？」と、ダンテスは言った。2-23-5-42「あたりまえさ、」と、ジャコポが言った。2-23-5-43「喜んで残っていてやる」。 2-23-5-44「ジャコポ君（くん）、君（きみ）はなんていう気立（きだ）てのいい人だ」と、ダンテスが言った。2-23-5-45「その親切には、神さまがきっとお報いくださるにちがいない。2-23-5-46ところで、お志（こころざし）はありがたいが、じつのところおれは誰（だれ）にもいてほしくない。2-23-5-47一日（いちにち）か二日（ふつか）休息（きゅうそく）したら元（もと）の体（からだ）になるだろうし、その辺（あた）りの岩の間に、打ち身にきく草（くさ）なんか見つけられると思うんだから」。 2-23-5-48こういうダンテスの唇（くちびる）の上を、なにかふしぎな微笑（びしょう）がかすめた。2-23-5-49彼は熱情（ねつじょう）をこめてジャコポの手を握（にぎ）りしめた。2-23-5-50しかし、とどまろうという決心（けっしん）、一人でとどまろうという決心だけは、断（だん）じて飜（ひるがえ）そうとはしなかった。

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引用者：2016/7/31　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
2016/8/22（つるはしの図）