２３（４）ダンテスが転落事故

2-23-4-1さてダンテスは、岩石（がんせき）の壁のあいだに消え行っている路（みち）をたどり、激流（げきりゅう）によってえぐられ、おそらく人の足にふまれたことのない小径（こみち）をたどって、例の洞窟（どうくつ）のあったあたりと思われるほうへ近づいて行った。2-23-4-2渚（なぎさ）に沿（そ）って行きながら、深い注意を傾けて、ちょっとした物まで仔細（しさい）にしらべてゆくと、ふと幾つかの岩の上に、人の手によって彫（ほ）られた瑕痕（きずあと）らしいものが見当ったように思った。 2-23-4-3形（かたち）なきものの上には忘却（ぼうきゃく）の衣（ころも）を投げかけ、形あるものの上には苔（こけ）の衣（ころも）を投（な）げかける《時（とき）》も、こうして几帳面（きちょうめん）につけられた『しるし』、そして、おそらくなにか一つの跡（あと）を示そうとしたらしい目じるしにたいしては、あえて手をつけようとしなかったらしい。 2-23-4-4だが、そうした目じるしは、あちらこちら、大きな花束（はなたば）のように咲き誇っているミルトの繁（しげ）み、或いは、からみついた苔（こけ）のかげなどにかくれていた。2-23-4-5ダンテスは、手に枝（えだ）を分（わ）け、或いは苔を持ちあげながら、迷宮（めいきゅう）へと彼を導く道しるべの目標（もくひょう）をさがさなければならなかった。 2-23-4-6もｌっとも、そうした目標は、ダンテスに見込みのあるらしい希望を与えてくれていた。2-23-4-7それこそは、あの枢機員（すうきいん）が、自分でも、まさかこれほどとは予想していなかったにせよ、なにか大きな変化が起こった場合、甥（おい）の道しるべのためにもと思って記（しる）しておいたものではないだろうか？2-23-4-8ひっそりしたこの場所こそは、宝をかくそうとする人にとって、まさに屈強のところというべきだった。 2-23-4-9だが、こうした目じるしが、その人のためにと記されている本人（ほんにん）以外（いがい）、誰かほかの人の目を惹（ひ）いたりしたことはなかったろうか？2-23-4-10こうした不思議（ふしぎ）をかくしているこの島（しま）自身（じしん）、その壮麗（そうれい）な秘密（ひみつ）を忠実にまもりおおせてきただろうか？ 2-23-4-11だが港から六十歩ばかりのところ、土地（とち）の起伏（きふく）によって仲間たちの目から見られずにいたダンテスは、ふとそこで目じるしが止まっているように思った。2-23-4-12しかも、行き着いたところには洞窟（どうくつ）らしいものがなかった。2-23-4-13がっしりした土台（どだい）の上に立っている丸い大きな岩、目じるしが導いているように見えたのはただこれを他（ほか）にしてなにもなかった。2-23-4-14或いは自分は目じるしの終点（しゅうてん）にきたのでなく、かえってその起点（きてん）に立っているのではないだろうか。2-23-4-15で、彼はあともどりして、もときた路（みち）を取って返した。 2-23-4-16こうしているあいだに、仲間たちは昼食（ちゅうしょく）の支度（したく）をととのえていた。2-23-4-17泉（いずみ）へ行って水を汲（く）み、パンと果物（くだもの）を陸（りく）に運び、仔山羊（こやぎ）をあぶっていた。2-23-4-18ちょうどみんなが、俄（にわか）作りの焼串（やきぐし）からその仔山羊を抜き取ろうとしていたとき、ダンテスが、まるで羚羊（カモシカ）のように身軽（みがる）に、大胆（だいたん）に、岩から岩へと飛びかけている姿が見えた。 2-23-4-19そして合図（あいず）のための銃（じゅう）を撃（う）った。2-23-4-20ダンテスはたちまち方向（ほうこう）を転（てん）じて、『ひた』走りに走って、仲間のほうへ帰ってこようとした。2-23-4-21だがみんなの目が、まるで飛ぶようなダンテスの姿を追いながら、その身軽（みがる）さの大胆（だいたん）すぎるのに眉（まゆ）をひそめていた折（おり）も折、さもみんなの懸念（けねん）をもっともと思わせるように、ダンテスはたちまち足をふみ滑（すべ）らした。2-23-4-22彼は、とある岩の頂（いただ）きでよろめいたと見るまに、叫（さけ）び声をあげて姿を消した。 2-23-4-23みんなはいっせいに飛んで行った。2-23-4-24それというのは、みんなが、ダンテスが自分たちより立ちまさっていたにかかわらず、彼を愛していたからだった。2-23-4-25でも、真っ先に駆（か）けつけてきたのはジャコポだった。2-23-4-26ジャコポは、ダンテスが血に染（そ）んで打ち倒（たお）れ、ほとんど気を失っているのを見つけた。2-23-4-27たしかに一丈（じょう＝１０尺＝３．０３ｍ）ニ尺（６０Ｃｍ）（＝３．６ｍ）から五尺（３．０３＋１．５＝４．５ｍ）ほどの高さから落ちたにちがいなかった。 2-23-4-28みんなは、かれの口にラム酒の幾滴（いくてき）かをそそぎ込んでやった。2-23-4-29かつてあれほどききめを見せたこの薬は、今度（こんど）もまた同じような効果（こうか）をしめした。2-23-4-30ダンテスは目をあけた。2-23-4-31そして膝（ひざ）のあたりに烈（はげ）しい痛みを訴（うった）え、とても頭が重く、腰の痛みがなんともがまんできないと言った。2-23-4-32みんなはダンテスを浜（はま）まで運んで行こうとした。2-23-4-33だが、彼の体に手を触（ふ）れたとき、ジャコポが指図（さしず）をしていたにかかわらず、ダンテスは呻（うめ）き声をあげて、とても運（はこ）ばれるのに耐（た）えられないと言った。 2-23-4-34ダンテスにとって、もう昼飯（ひるめし）どころのさわぎでないことが見てとれた。2-23-4-35だが彼は、他の連中（れんちゅう）にたいし自分と附き合って断食（だんじき）してくれなくてもいいから、どうか帰ってくれるようにと言った。2-23-4-36自分は、しばらく体をやすめていさえすればいいのだ。2-23-4-37後（あと）からみんながやってくるまでに、きっと楽（らく）になっているにちがいないと言った。2-23-4-38船員たちは遠慮（えんりょ）しなかった。2-23-4-39みんなは腹が減っていた。2-23-4-40仔山羊の匂（にお）いはみんなのところまで匂ってきていた。2-23-4-41そして、船乗（ふなの）り仲間（なかま）では、遠慮や気兼（きが）ねははやらなかった。

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引用者：2016/7/31　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会