２３（３）罪は神にある

2-23-3-1こうなると、その失（うしな）われた入口（いりぐち）を見つけ出すのが第一の問題だった。2-23-3-2だが、夜ではどうにもならなかった。2-23-3-3そこで捜索（そうさく）は翌日（よくじつ）に延ばすことにした。2-23-3-4一ぽう（いっぽう）、海上（かいじょう）半海里（９００ｍ）のところに揚（あ）げられた信号（しんごう）にたいしては、ジュヌ・アメリー号からもそれに答える信号が揚げられた。2-23-3-5そして、作業に就（つ）くべき時のきたことが知らされた。 2-23-3-6遅（おく）れて来た船は、あとからくるものに会合（かいごう）の安全を知らせる信号の出たのに安心（あんしん）して、やがて白くしずかに、幽霊のように姿をあらわし、渚（なぎさ）からおよそ二百メートルのところに錨（いかり）をおろした。2-23-3-7たちまち積荷がはじまった。 2-23-3-8ダンテスは、働きながらも、いま自分の耳や心に絶（た）えまなく鳴（な）りわたっているあの考えを、ちょっと声に出して言いでもしたが最後（さいご）、人々はその一言（ひとこと）によってたちまち歓呼（かんこ）の声を上げるだろうことを考えた。2-23-3-9だが彼は、その大きな秘密を打ち明けようとしなかったばかりか、それをいままで匂（にお）わせたりはしなかったか、自分の働きが烈（はげ）しすぎ、根掘（ねほ）り葉掘（はほ）りたずねすぎ、あまりに細かい観察（かんさつ）や、いかにも絶えず心にかけているように見られたことから、或いは不審（ふしん）を抱（いだ）かせはしなかったかを恐れていた。 2-23-3-10ただこの場合、『もっけ』のさいわいとも言うべきは、あのいかにもつらかった過去によって彼の面上（めんじょう）に刻（きざ）まれた悲しみのあとが、その暗いかげりにちらりと浮かんだ満悦（まんえつ）の光をして、ほんの一瞬（いっしゅん）のものにさせたことだった。2-23-3-11そんなわけで、それに気のついたものは一人もなかった。 2-23-3-12翌日、ダンテスが、銃（じゅう）と散弾（さんだん）と火薬（かやく）を持って、岩から岩へと跳（と）びまわる野生（やせい）の山羊（やぎ）を殺しに行きたいと言い出したとき、みんなはそれをただ狩猟（しゅりょう）好（す）きのためであるか、或いはしばらく独りでいたくなったためであろうと考えた。2-23-3-13いっしょに行きたいと言ったものは、ジャコポ以外（いがい）一人もなかった。 2-23-3-14ダンテスは、人をつれて行くことを嫌（きら）ったりして、なにか不審（ふしん）を起こさせてはいけないと思った。2-23-3-15そして、この申し出を拒（こば）まなかった。2-23-3-16だが、およそ八九町（はっく・ちょう：８Ｘ１０９ｍ＝８７２ｍ）も行くか行かないうちに、一頭（いっとう）の仔山羊（こやぎ）を射倒（いたお）したのをさいわい、それをジャコポに仲間のところに持って行かせ、それをあぶって、それができたら銃を一発（いっぱつ）放（はな）ち、自分にも食べにくるように合図（あいず）をしてくれるように頼んだ。2-23-3-17炙肉（あぶりにく）のほかには、乾（ほ）した果物（くだもの）がいくつか、それにモンテ・プルキアノの葡萄酒が一本（いっぽん）、これだけあったら食事（しょくじ）の献立（こんだて）はできるのだった。 2-23-3-18ダンテスは、ときどき後（うし）ろをふり返りながら路（みち）をつづけた。2-23-3-19一つの岩の頂（いただ）きまできた彼は、眼下（がんか）はるかに、自分の仲間たちのところにジャコポがもどりつき、みんなは、ダンテスの腕（うで）のおかげで意外（いがい）の御馳走（ごちそう）の増（ふ）えた昼飯（ひるめし）の支度（したく）をいそいそとやっているのをみた。 2-23-3-20ダンテスは、しばらくのあいだ、立ちまさった人（ひと）特有（とくゆう）のあのもの優しい、悲しそうな微笑（びしょう）を浮かべて、彼らの姿にながめ入っていた。2-23-3-21《あと二時間すると、》と、彼は言った。2-23-3-22《あの連中は五十ピアストル（５０Ｘ１０Ｘ１０００＝５０万円）の富を持ち、命をまとに、さらに五十ピアストルを儲（もう）けるために、ここを出かけて行く。2-23-3-23そして五百リーブル（５０ピアストルのトスカナ換算）の富を以って帰ってきては、その宝を持ってどこかの町へ出かけて行き、シュルタン（サルタン、すなわちトルコの皇帝）のような得意さ、太守（たいしゅ：ナベップ）のような自信をもってそれを撒（ま）き散（ち）らしてしまうのだ。 −−−（通貨レートの例）2-22-3-10おのおのトスカナ（イタリヤ・トスカナ国）貨幣（かへい）で百リーブルをもらった。2-22-3-11それはわが国（フランス）の貨幣でおよそ二十五フラン（25,000円）に当っていた。 2-23-3-24今日（きょう）、希望はおれをして彼らの富（とみ）を軽蔑（けいべつ）させる。2-23-3-25それは、おれの目には、このうえなく貧弱（ひんじゃく）なものにしか見えないのだ。。2-23-3-26だが明日（あした）になったとき、失望（しつぼう）は或（ある）いはおれをして、そうした貧弱さをもってこのうえもなく幸福なものと思わせることになるかも知れない・・・・いや、そんなことはない、》と、ダンテスは叫んだ。2-23-3-27《そんなことはあり得ない。2-23-3-28あの学者（がくしゃ）であり、間違（まちが）うことのないファリア司祭（しさい）が、ただこのことだけを思いあやまったりすることはあり得ない。2-23-3-29それにこのまま、こうした惨（みじ）めな、下等（かとう）な生活（せいかつ）をつづけるくらいなら、むしろ死んだほうがましだ》。 2-23-3-30こうして、『つい』三月（みつき）前まで、ただ自由しか望んでいなかったダンテスは、いまその自由だけでは満足できず、富を望むようにさえなっていた。2-23-3-31これはなにもダンテスの罪ではなかった。2-23-3-32罪は神にある。2-23-3-33神は人間の力に限界をつけておきながら、しかも無限の欲望を与え給うからなのだ！

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引用者：2016/7/26　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義