２３（２）洞穴なんか知らない

2-23-2-1モンテ・クリスト島は、水平線の上にだんだん大きく姿をしめしはじめた。2-23-2-2ダンテスは船を船長の手にかえした。2-23-2-3そして今度（こんど）は自分が釣床（つりどこ：ハンモック）のなかに横になりに行ったが、一晩（ひとばん）『まんじり』ともしなかったにもかかわらず、しばらくは目を閉じることができなかった。2-23-2-4二時間すると、彼はまた甲板（かんぱん）に上（あが）った。 2-23-2-5船はちょうどエルバ島を通り過ぎようとして、マレシヤナの沖合（おきあい）、ピヤノサの平坦（へいたん）な緑の島の北あたりを進んでいた。2-23-2-6空（そら）の紺碧（こんぺき）のなかには、燃え輝くモンテ・クリスト島の嶺がそびえ立っていた。2-23-2-7ダンテスはピヤノサ島を右にするため、舵手（だしゅ）に左舷に舵をとるようにと命じた。2-23-2-8こうすれば、航路を二海里（１．８５X２＝３．７ｋｍ）乃至（ないし）三海里（５．６ｋｍ）短縮（たんしゅく）できると思ったからだった。 2-23-2-9夕方（ゆうがた）五時頃（ごろ）になると、島はすっかり見渡（みわた）された。2-23-2-10沈みゆく太陽の投げる光によって作り出される清澄（せいちょう）な空気のおかげで、島はそのこまごまとした部分までもあらわしていた。2-23-2-11ダンテスは、むさぼるようにこの岩石（がんせき）の堆積（たいせき）が、明るい薔薇色（ばらいろ）から深い青まで、夕暮（ゆうぐれ）のあらゆる色彩（しきさい）を見せて変ってゆくのを眺（なが）めていた。2-23-2-12折々（おりおり）、火（ひ）のような息吹（いぶき）が面上（めんじょう）をかすめた。2-23-2-13その額（ひたい）は赤く染（そ）まり、炎のような雲が目の前を通りすぎた。 2-23-2-14あらゆる富を賭（か）けて争っている賭博者（とばくしゃ）にしても、こうしていま、その望みの頂点（ちょうてん）に立っているダンテスの感じているほどな苦悩を、その賽（さい）の一擲（いってき：思い切って一度に全部投げ捨てること）にかけたものはないにちがいない。2-23-2-15夜がきた。2-23-2-16午後十時に船は岸（きし）に近づいた。ジュヌ・アメリー号は、ここの会合（かいごう）に『い』の一番にやってきたのだった。 2-23-2-17ダンテスは、日頃（ひごろ）自分を抑えていたにもかかわらず、もうなんともがまんできなかった。2-23-2-18彼は真っ先（まっさき）に岸（きし）に飛び下（お）りた。2-23-2-19もしかれにしてあのブルータス（シーザーを刺したブルータス）のようにやってのけられたら、おそらく地に接吻（せっぷん：くちづけ）さえもしただろう。2-23-2-20まったく夜になっていた。 2-23-2-21だが、十一時になると、月は海からのぼってきて、さざなみを銀に染（そ）めた。2-23-2-22それは、だんだんのぼるにつれて、真白（まっしろ）な光の滝となって、そこなるペリオン山（テッサリアにある山である。その近くにあるのがオサと呼ばれる山で、昔ジュピテルに反抗した巨人たちが天に攀（よ）じ登ろうとした時、このペリオン山をとってオサ山の上に積み重ねそれを踏み段にしようとしたといわれる）の積み重なった岩の上に戯れはじめた。 2-23-2-23島は、ジュヌ・アメリー号の乗組員にとってなじみ深いものだった。2-23-2-24ここは、彼らにとっていつも碇泊（ていはく）所（しょ）の一つになっていたのだ。2-23-2-25ダンテスも近東（ヨーロッパに近い東アジア：トルコ地方）の旅にはきっとこの島を見て通りはしたが、いままで一度もおりてみたことがなかった。 2-23-2-26彼はジャコポにたずねてみた。 2-23-2-27「今夜はどこに寝るんだね？」。 2-23-2-28「船の甲板（かんぱん）さ」。 2-23-2-29「だが洞穴（どうけつ）のなかのほうが好くはないかな？」。 2-23-2-30「どこの洞穴だ？」。 2-23-2-31「島のなかの洞穴さ」。 2-23-2-32「洞穴なんか知らないな」と、ジャコポが言った。 2-23-2-33ダンテスの額（ひたい）には冷たい汗が浮かんだ。 2-23-2-34「モンテ・クリスト島に洞穴がない？」と、彼はたずねた。 2-23-2-35「ないさ」。 2-23-2-36ダンテスは一時（いっとき）茫然（ぼうぜん）とした。2-23-2-37だが彼は考えた。2-23-2-38洞穴というのはその後（あと）なにか事（こと）が起（お）こってうめられてしまったにちがいない。2-23-2-39それでなければ、あの枢機員（すうきいん）スパダが、用心（ようじん）の上にも用心して塞（ふさ）いでしまいでもしたのだろう。

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引用者：2016/7/22　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義