２３（１）天空(てんくう)にも灯台(とうだい)の星灯(ほしあかり)

2-23-1-1こうしてダンテスは、長く運命の暴威（ぼうい）にしいたげられていたものに時として舞いおりてくる思いがけない幸運のおかげで、かんたんな、きわめてすなおな方法によってその目的を達し得るようになり、誰にも疑いを起こさせることなしに、その島へ足をふみ入れることになった。2-23-1-2あれほど待ちこがれていた出発まで、いまはわずかに一夜（いちや）を距（へだ）てるのみとなった。2-23-1-3その晩こそは、ダンテスが過したこの上もない感激（かんげき）の一夜だった。 2-23-1-4その晩、彼の心のなかには、あらゆる幸運（こううん）と不運（ふうん）がかわるがわる思い浮かんだ。2-23-1-5目をつぶると、輝（かがや）く文字で壁（かべ）一面（いちめん）に記（しる）された枢機員（すうきいん）スパダの手紙があらわれた。2-23-1-6ちょっと『うとうと』すると、荒唐無稽（こうとうむけい：言うことがでたらめで根拠のないさま）な夢の数々（かずかず）が彼の頭のなかに渦巻（うずま）き浮かんだ。 2-23-1-7彼は、碧玉（へきぎょく：青色の玉）の床（ゆか）、紅玉（こうぎょく）の壁、ダイヤモンドの氷柱（ひょうちゅう）のある洞窟（どうくつ）のなかへとおりて行った。2-23-1-8真珠（しんじゅ）は滴々（てきてき）と、ちょうど地下水の湧（わ）き出すようにこぼれていた。2-23-1-9ダンテスは、われを忘れ、恍惚（こうこつ）としてポケットを宝玉（ほうぎょく）で満たした。 2-23-1-10だが、昼になって帰ってきてみると、それらの宝玉はすっかりあたりまえの石に変っていた。2-23-1-11そこで彼は、そのふしぎな洞穴（どうけつ）へも一度（もいちど）もどって行こうとした。2-23-1-12ところが、道は無限（むげん）に曲りくねっていて、もう入口（いりぐち）がわからなくなっていた。2-23-1-13彼は、疲れ果てた記憶のなかで、かつてアラビヤの漁夫（ぎょふ）のために壮麗（そうれい）なアリ・ババの洞（ほら）を開いてくれたあのふしぎな言葉（『アラビヤン・ナイト』中の言葉、「胡麻よ開け」）を探し求めた。2-23-1-14だが、すべてはまったく徒労（とろう）に帰した。 2-23-1-15いったん姿をかくした宝は、一度はうまく取り出せそうに見えながら、ふたたび大地（だいち）の神々の手に帰ってしまっていた。2-23-1-16夜におとらず、いらだたしい昼（ひる）が来た。2-23-1-17だが彼は想像（そうぞう）に加（くわ）うるに論理（ろんり）をもってした。2-23-1-18そして、そのときまで頭のなかに漠（ばく）としてとりとめのなかった一つの計画を、いまや確定的なものとすることができた。 2-23-1-19夕暮（ゆうぐれ）がきた。2-23-1-20そして夕暮とともに出発（しゅっぱつ）準備の時がきた。2-23-1-21この準備こそはダンテスにとって、心のときめきをかくす一つの方法（ほうほう）ともいうべきだった。2-23-1-22彼は、いつのまにか、さも自分が船長ででもあるかのように、朋輩（ほうばい）たちの上に命令する力をもっていた。2-23-1-23彼の命令は、いつも明瞭（めいりょう）正確（せいかく）、そして実行しやすいものだったから、朋輩たちは、速（すみ）やかにというだけでなく、喜んで彼の命令に従っていた。 2-23-1-24老船長は、彼のするままに任（まか）せていた。2-23-1-25船長もまた、ダンテスがほかの船員たちや自分よりも立ちまさっていることを認めていた。2-23-1-26彼はこの青年を、自分にとってうってつけの後継者（こうけいしゃ）と思い、縁組（えんぐみ）というおごそかな『くさび』で彼を引きとめるため、自分に娘のないことを残念がっていた。 2-23-1-27夕方（ゆうがた）の七時すべてはまったくととのった。2-23-1-28七時十分、船はちょうど灯（あかり）のついた時刻に灯台の下を通りすぎた。2-23-1-29海は、爽（さわ）やかな東南風（とうなんふう）を受けてしずかだった。2-23-1-30船は紺青（こんじょう）の空の下を進んで行った。2-23-1-31神は空（そら）のなかにも、かわるがわるいくつもの星の灯台に灯をともしていった。2-23-1-32そのおのおのは、一つの世界をなしているのだった。 2-23-1-33ダンテスは、みんなもう寝てよろしい、自分が舵（かじ）を引き受けるからと言ってやった。2-23-1-34《マルタ》（みんなはこうダンテスのことを呼んでいた）（「マルタ」生まれのものの意：《レオナルド・ダビンチ》もこれと同じでダビンチ村生まれの意）の口からこう言われたとき、もうそれだけでじゅうぶんだった。2-23-1-35みんなはしずかに横になりに行った。2-23-1-36ダンテスには、ときどきこうした気持になることがあった。2-23-1-37彼は孤独（こどく）のなかから世のなかへほおり出されながら、とこどきたまらなく孤独でいたいと思うことがあった。 2-23-1-38ところで、暗い夜、広漠（こうばく）無限（むげん）の沈黙（ちんもく）のなか、主（しゅ）の見そなわす下（した）ただ独（ひと）り海にただよっている船（ふね）以上に、さらに宏大（こうだい）な、さらに詩的（してき）な孤独があるだろうか？2-23-1-39この日、孤独は彼の思索（しさく）でいっぱいにさせられ、夜は彼の空想によって輝（かがや）かされ、沈黙（ちんもく）は彼の希望によって生命を吹きこまれていた。 2-23-1-40船長が目を覚（さ）ましたとき、船は満帆（まんぱん）の風を受けて走っていた。2-23-1-41ちょっとした布片（ぬのへん）までがすべて風を孕（はら）んでいた。2-23-1-42一時間に二海里半（１．８５２KmX２．５＝４．６Ｋｍ）の速力だった。

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引用者：2016/7/22　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義