２２（４）島の使い道

2-22-4-1船の上での長い幾日（いくにち）かのあいだ、船が満帆（まんぱん）の順風（じゅんぷう）に恵まれ、藍碧（らんぺき： あいに近い緑色：あおみどり）の海を安らかに渡って行くためには、ただ航路監視者（こうろ・かんししゃ：テイモニエ）さえいればじゅうぶんというようなとき、ダンテスは、海図（かいず）を手にして、ちょうどファリア司祭がかつて自分の教師（きょうし）になってくれたように、いまはジャコポのための教師になってやっていた。 2-22-4-2彼は海岸線の地勢（ちせい）を示し、磁石（じしゃく）の変化を説明し、われらの頭上（ずじょう）に開かれた大きな書物（しょもつ）、天と呼ばれ、そこには神が紺碧（こんぺき）の上にダイヤモンドの文字で書いておいたその書物を読むことを教えてやった。2-22-4-3ジャコポから、「あっしみたいなつまらない船乗りが、そんなことをすっかりおぼえて、いったいなんになるんだね？」と、聞かれると、「そんなことが誰にわかるもんか？2-22-4-4君（きみ）だっていつか船長になれるだろう。2-22-4-5君と同じ国のボナパルトだって、ちゃんと皇帝になったじゃないか！」と、ダンテスは答えた。2-22-4-6言い忘れたが、ジャコポはコルシカ生まれの男だった。 2-22-4-7こうしてつぎからつぎへと航海をつづけて行くうちに、すでに二ヶ月半という時がたって行った。2-22-4-8かつて大胆（だいたん）な海員だったように、ダンテスは、いまでは腕のいい沿岸（えんがん）航海者（こうかいしゃ：カポトール）になっていた。2-22-4-9彼は沿岸のあらゆる密輸入者と知り合いになっていた。2-22-4-10そして、こうした半（なか）ば海賊（かいぞく）といった連中が、お互（たが）いの符牒（ふちょう：合言葉）として使う仲間うちの暗号（あんごう）までもすっかり覚えこんでしまっていた。 2-22-4-11彼は何べんとなく、モンテ・クリスト島の前を往来（おうらい）した。2-22-4-12だがそうした間（あいだ）にも、彼には一度（いちど）も上陸（じょうりく）する機会（きかい）が見出（みいだ）せなかった。2-22-4-13そこで彼は決心した。2-22-4-14それは、船長との契約が終るが早いか、自分の金（かね）で小さな舟を一艘買い（ダンテスにはそれができた。2-22-4-15何回とない航海のうちに、彼はおよそ百ピアストル（１００Ｘ１０Ｘ１００＝１００万円）を貯めていた）、そして、なんとか口実（こうじつ）を設けてモンテ・クリスト島に行こうということだった。 2-22-4-16そこへ行ったらまったく自由に捜索（そうさく）をやってみよう。2-22-4-17ただし、まったく自由にとは言えなかろう。2-22-4-18というのは、彼のため、そこへ漕（こ）いで行く連中によって、きっと探られるにちがいないから。2-22-4-19だが、この世にあっては、なんらかの危険はおかさなければならない。2-22-4-20牢獄はダンテスを用心（ようじん）ぶかくさせた。2-22-4-21できるものなら、なんの危険もおかしたくなかった。2-22-4-22彼はいたずらに頭をひねるばかりだった。2-22-4-23だが、いかに豊かな想像力の所有者であっても、あのあこがれの島へ行くには、やはり誰かに漕いで行かせる以外、ほかに方法が見当らなかった。 2-22-4-24ダンテスがこうした躊躇（ちゅうちょ）をつづけていたとき、彼を信用して自分の配下（はいか）におきたいと切（せつ）に願っていた船長は、或る晩、彼の腕を取って、ビル・デル・オリオの酒場（さかば）へ連れて行った。2-22-4-25そこにはリボルノ（本はリブールヌ）きっての密輸入者たちが集ることになっていた。2-22-4-26いつも沿岸仕事（しごと）の取引がおこなわれるのもそこでだった。2-22-4-27これまでにも、ダンテスは二度か三度、この海上（かいじょう）取引所にきたことがあった。 2-22-4-28そして、周囲ほとんど二千海里にわたる沿岸地方が生み出す勇敢（ゆうかん）な海賊たちを見ながら、集散離合（しゅうさん・りごう）常（つね）なきこうした手合（てあ）いをまんまと自分の意志に従わせるような人物が出てきたら、いったいどれほどの力を持つことになるだろう、と考えざるを得なかった。 2-22-4-29話というのは一つの大きな仕事だった。2-22-4-30それはトルコ絨毯（じゅたん）や、東洋の織物や、カシミヤなどを積みこんだ船のことだった。2-22-4-31どこか交易（こうえき）のできるような中立地帯（ちゅうりつちたい）を見つけ、それらの貨物（かもつ）を、フランス海岸に陸揚（りくあ）げしようというわけだった。2-22-4-32これが成功したあかつきの賞与金は莫大なもので、一人あたり五十乃至（ないし）六十ピアストル（５０Ｘ１０Ｘ１０００＝５０〜６０万円）ということになっていた。2-22-4-33ジュヌ・アメリー号の船長は、貨物を積みおろす場所としてモンテ・クリスト島を挙げた。 2-22-4-34なにしろ、そこにはまったく住む人もなく、軍隊もいなければ税関吏もいず、島（しま）は、まるでメルキュール（商業の神）の手により、あの邪教（じゃきょう）徒（と）のいうオリンポス（古代ギリシャにあった幾つかの山の名称。口碑（こうひ：昔からの言い伝え：伝説）によればそこに神々が住んでいたという）の時代から、海のただ中に置かれているとでも言うようなものだったから。2-22-4-35メルキュールといえば商人と盗人の神である。2-22-4-36この二つの階級は、あまり明確にではないにしても、今日（こんにち）別々（べつべつ）なものとして考えられている。2-22-4-37だが、昔はどうやら同じ部類（ぶるい）のものだったらしい。 2-22-4-38モンテ・クリスト島という名を聞いて、ダンテスは喜びに躍（おど）りあがった。2-22-4-39彼は、心のときめきをかくそうとして立ちあがると、濛々（もうもう）と烟（けむ）っている酒場（さかば）のなかを一（ひと）まわりした。2-22-4-40そこでは、あらゆる国々の方言（ほうげん）が、フランス語と溶（と）けあって語られていた。2-22-4-41話しあっている二人（ふたり）のそばへ行ったとき、そこではもうモンテ・クリスト島に寄港（きこう）するということ、明日（あす）の晩（ばん）すぐにこの遠征（えんせい）の旅（たび）にのぼろうという取り決めができていた。 2-22-4-42相談（そうだん）をかけられたダンテスは、この島がこの上なく安全であり、そして、大仕事をうまく成功させようと思えば、事を早く運ばなければならない、という意見を述べた。2-22-4-43そんなわけで、取りきめられたプログラムには、なんの変更も加えられなかった。2-22-4-44あくる日の晩には出帆（しゅっぱん）準備（じゅんび）を完了し、海原（うなばら）しずかに、風のつごうさえ好適（こうてき）だったら、翌々日（よくよくじつ）の晩その島に到着（とうちゃく）しようということになっていた。

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引用者：2016/7/19　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義